2007年09月22日

弁護団と批判者のすれ違い

 一昨日、光市母子殺害事件の差戻控訴審の第10回公判が終了しました。弁護団が橋下弁護士を提訴して以降、この事件の報道も抑制的になってきましたが、それでも断片的な情報が氾濫しています。被告人の発言が文脈を抜きに伝播し、ネット上に憎悪の感情が喚起・連鎖していく状況は依然として続いています。例えば、今回の集中審理を伝えるものでは、以下の文章とそれへの反応が象徴的でした。

(2007年09月21日)痛いニュース(ノ∀`):【光市母子惨殺】 元少年「生きたい」「検察、僕をなめないでいただきたい」…弁護団、涙で「こんなに胸を張って弁護できたことはない」
メモをとりながら表情を変えずに遺族の陳述を聞いた元少年。その直後の被告人質問では、憮然とした態度でこう証言しました。

「今以上の苦しみは実生活において容易に想定できます。それを踏まえてでも生きたい。僕のほうから検察官に言わせていただければ、なめないでいただきたい」(元少年)

(中略)

「この裁判の弁護ほど胸を張って弁護できたことは今までありませんでした」(元少年の弁護団 今村 仁 弁護士)

※弁護人の名前は、正しくは今村仁ではなく今枝仁です。

 唐突に何を言いだすのか、被告人はやはり反省していないではないか、これだけ見るとそう感じるのも仕方ありません。しかし、何故、彼が検察官にこのような言葉を吐いたのか、その文脈がよく分かりません。そこで、弁護人である今枝弁護士のブログを覗いてみます。

(2007年09月21日)弁護士・人間・今枝仁:検察官は、僕をなめないでいただきたい!
検察官は、僕をなめないでいただきたい!

被告人が、最後にそう述べた。

検察官が、「私は見たんだが、あなたは、先ほど、遺族の意見をメモしながら、すーっと1本線を引いて消したね。あれはどういうことか。」と聞いたのに対し、そのメモを示し、「そんなことはしていない。」と弁明した。

被告人は、そのメモを、検察官と被告人に示し、そのような線は入っていないことを示した。
弁護人が、検察官が新たな濡れ衣を着せようとしたと反発し、「検察官は、誤りについて、撤回し謝罪されたい。」としたのに対し、検察官は、「その必要はない。」と返した。

検察官が被告人への偏見から勘違いを起こしたことに、怒りを覚えた私が、被告人に、「君に対し厳しい見方をされてこういう誤解も生じるから、これまでも、そしてこれからも、君に対してこういう誤解や濡れ衣(※検察官が、メモに線を引いたと非難したことを象徴)は、ずっと続いていくだろうが、その中でも君はくじけず強く生きていけるのか。」と聴いたところ、被告人が「はい。・・・検察官は、僕をなめないでいただきたいですね。」と答えた。

 『痛いニュース(ノ∀`)』さんの記事を見ているだけだと唐突な被告人の言動ですが、このような事情があったと知っていれば、印象も少し違ってきます。弁護人である今枝弁護士の発言についても『痛いニュース(ノ∀`)』さんの記事では「この裁判の弁護ほど胸を張って弁護できたことは今までありませんでした」とだけ書かれていて、ネット世論の反発を大いに買っていますが、当の今枝弁護士によれば次のような理由で発せられた言葉です。前記引用部分の直後の箇所です。
反省のない不遜な態度とみる方も多いだろう。
そう見られる状況や内容であることは、否定できない。
(率直に言って、私自身も「深追いしすぎて、大失敗した。」「被告人に、ご遺族に、申し訳ないことをしてしまった。」と思い、記者会見で泣いた一因ともなった)。

 また、下記エントリーでは自身のブログについて本村さんが言及したことに触れ、「本村洋さんの気持に真剣に応えよう」という思いもあり、泣いてしまったとのことです。

(2007年09月21日)弁護士・人間・今枝仁:本村洋さん 1
私は本村洋さんの気持に真剣に応えようと思う。
社会のほとんどが私の思いを誤解し、非難しても、本村洋さんに少しでも伝われば、それでもいい。

昨日の記者会見では、そういう思いがきわまって泣いてしまった。
ああいう場で泣いた行為は、未熟であり、卑怯であり、遺族として人前で涙を流さない本村洋さんに対しても、すこぶる非礼な行為であったことを真摯にお詫びしたい。
そして、1番泣きたい(泣いてもいい)立場にありながら、人前で涙を見せない強さ、遺族としての社会正義実現に向けての強い意思、立場は違えど本村洋さんを心から尊敬する。

このブログで、本村洋さんを誹謗・中傷・愚弄するコメントも増えている。
ある程度の意見までは許容されても、単なる誹謗中傷や愚弄は、絶対に、許されない。

 今枝弁護士の涙をどう受け取るかは見る人によって違うのでしょうが、これまでの文章から遺族である本村さんへの配慮は充分に伝わってきます。ネット上で言われているような鬼畜外道と揶揄されるような人物とは思えません。検察を辞めた経緯を見ても、元々、涙脆い人なのだということが分かります。

光市事件懲戒請求扇動問題 弁護団広報ページ:今枝弁護士の投稿(まとめ)
今枝弁護士の経歴

(前略)

 検察を辞めた理由は、体調を崩したのと、父親が60歳前に退職し長男だから広島に帰ろうと思ったのと、18歳の女子高生が飲酒運転の車にはねられ顔を複雑骨折したというせい惨な事件の公判立ち会いで泣いてしまったことから検察官として失格と思ったこと等です。

 本件における弁護団の主張と弁護団批判には既にかなりの溝が出来ていて、上に挙げた例以外にもこのような齟齬が多々見受けられました。批判者の脳裏には、弁護団の実像を超えた仮想の弁護団が出来上がり、その極悪非道な弁護団を己が手で糾弾しようとしているのかもしれません。しかし、裁判には両当事者がいるのですから、相手方の言い分がどのようなものかを正しく把握しなければ、正確な批判・批評は行なえません。今のネット世論の激情は、センセーショナルな報道に流されるがままになっており、メディアリテラシーが問われています。今後もこの事件を巡る議論は感情的なものが一定の割合を占めると思われますが、弁護団を批判するにあたっては、せめて次の二つのページだけは目を通してからにして下さい。

光市事件懲戒請求扇動問題 弁護団広報ページ
弁護士・人間・今枝仁・・・光市事件と刑事弁護

 ネット上には、弁護団のこれまでの主張とされる箇条書きのテンプレートが出回っているようですが、既にWikipediaでも指摘されているように、虚偽情報が幾つか紛れ込んでいます。これらを元に弁護団を批判しても見当外れということになるので、時間に余裕がある方は2006年版の『年報・死刑廃止』を入手するか、下記リンク先でこれまでの経緯を確認して下さい。

控訴審(広島高裁)判決文
最高裁検察官弁論要旨
最高裁弁護人弁論要旨
最高裁弁護人弁論要旨補充書』(2)(3
上野正彦氏による鑑定書
最高裁判決文
差戻審第2回公判詳報
差戻審第5回公判詳報


 今回の集中審理については以下の記事で確認して下さい。

(2007年09月18日)産経:光市母子殺害差し戻し審 被告人質問の主なやりとりウェブ魚拓
(2007年09月20日)イザ!:「光市母子殺害差し戻し審 第9回の詳報(上)」ウェブ魚拓
(2007年09月20日)イザ!:「光市母子殺害差し戻し審 第9回の詳報(下)」ウェブ魚拓
(2007年09月21日)にしてんま傍聴日記 イザ!:彼が犯した新たな罪《光市母子殺害・番外》


【当ブログの関連エントリー】
(2006年06月21日)山口県光市母子殺害事件とネット言論
(2007年07月02日)刑事弁護人の懲戒請求について
(2007年07月07日)NHK 特報首都圏『ネットの“祭り”が暴走する』テキスト起こし
(2007年09月09日)橋下弁護士が提訴された件について
(2007年09月12日)橋下弁護士の主張する“世間への説明責任”はネット上の“世間”に正確に伝わっていたか
posted by sok at 01:10| Comment(2) | TrackBack(0) | 光市母子殺害事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
彼が犯した新たな罪《光市母子殺害・番外》:イザ!
http://fukutomim.iza.ne.jp/blog/entry/306233/
>しかし、検察官に「ご遺族の陳述を聞かずに何をしていたのか」となじられると一変した。
>「集中して内容をメモしていた」。憤然と立ち上がると検察官席に詰め寄り、手元の紙を突き出した。

線を引いていた云々ではなく、本村さんの最後になるであろう意見陳述の間に何をしていたのかと言う点かと。

そして、バイアスと言われるとそうだとしか言えませんが、被告の担当弁護士が公表する話に、被告に不利になるものがあるわけがないと。

虚偽を書くとはいいませんが、書かねばならない部分を除くという基本的技術はプロならば持っているでしょう。

この手の事件は難儀です、事実のみで決着がつくならまだしも、情状とか可能性とか回りの思惑とかの不確定な要件が持ち込まれるので。

情報の伝え手によって印象が変わるのは、事実と関係のない部分によると思います。
だから、Aが書かなかった事とBが書かなかった事・・・と断片を集めるしかないでしょう。
Posted by ワシ at 2007年09月23日 03:20
 ワシさん、コメントありがとうございます。

 ワシさんの判断にバイアスがあるとは思いません。弁護人も検察官も裁判の一方当事者であり、弁護人はその弁護活動のため被告人の言動を善意に解釈するでしょうし、不都合な事実は出さないでしょうから(※被告人に不利益な事実を積極的に出すようなことがあれば、弁護人としての職責を果たしておらず、被告人から損害賠償請求されかねません)、その言い分を100%額面通り受け取る必要はありません。本文もそのような立場で書いていますが、言葉足らずだったかもしれません。尤も、文章上であれ被害者遺族の感情に配慮できる今枝弁護士に対しては、敬意を抱いています。涙脆い今枝弁護士に対して、右派からは自己陶酔、左派からは精神的に弱いと批判されていますが、私は被害者遺族の感情に配慮できる方に葛藤を抱えながら刑事弁護の場で活躍して欲しいと思います。

 今回の、被告人の「なめないでいただきたい」発言に関しては、明らかに前後の文脈が不明であるにもかかわらず、そこに何らの留保もなく批判している人が多数いました。そして、報道から伝わる断片的事実と今枝弁護士の言との間には、一定の整合性がありました。この件で弁護団を批判している人達に対しては、何故、前後の文脈が不明であるにもかかわらず続報を待てなかったのか、他の情報に当たらなかったのかを問いたいです。ネット上で情報収集している人達にとっては、今枝弁護士のブログを参照することは容易であったにもかかわらず、今枝弁護士のエントリーが公開されて以降も、この発言への批判(それも全く調べてもいないことが文面から明白な批判)が止まないのは何故か。

 被告人が「本村さんの最後になるであろう意見陳述の間に何をしていたのか」という点をどう評価するかですが、(1)メモを取らずに真剣に聞くべきであった、(2)メモを取って真剣に聞いていたという被告人の言葉を信じる、(3)メモを取っていたことをもって被告人は真剣に聞いていなかったと評価する、(4)被告人が何をやろうとも信用しない、で大違いだと思います。ワシさんや『にしてんま傍聴日記』さんのように情報を収集して判断される方ばかりなら良いのですが、ネット上では5分調べる手間すら惜しむ人達が(4)の立場を取っていて、その声が一番大きいという様な現状で、このエントリーはそのような風潮への異議申し立てです。
Posted by sok at 2007年09月24日 18:42
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