2007年06月15日

森理世さん批判に思うこと

 先月末、「ミス・ユニバース」世界大会にて、日本代表の森理世さんが優勝した。日本人の優勝は1959年以来48年ぶりの快挙らしく、「へぇ、そうなのか」と思ったものの、私にはあまりその凄さが解らず、その件はそれっきりすっかり忘れていたのだけれど、ただ一点、ネット上での森さん批判というか、森さんの容姿への誹謗中傷が一定程度存在したことを、最近また思い出すことがあって、少し陰鬱な気分になった。そのようなネット上での誹謗中傷は、例えば『痛いニュース(ノ∀`)』さんの記事で確認できる。

(2007年05月29日)痛いニュース(ノ∀`):2007年「ミス・ユニバース」世界大会で日本代表の森理世さんが優勝

 批判する人は余程容姿に自信があるのだろうか、と毒づくつもりはない。評価対象と同分野での同等以上の能力を備えなければ批判・論評が出来ないとすれば、世に評論というものは成り立たないし、批判精神も醸成されないだろう。ただ、批判の中には、あまりに理不尽で見るに堪えないものも多い。


 森さん批判の理解し難いところは、彼女に何らの落ち度も無いにもかかわらず行なわれている点である。例えば、昨年夏頃に賛否が論じられた亀田一家に関しては、マッチメイクや判定への疑惑、過剰なパフォーマンスなど、見る人の反感を買う理由があった(その反感に賛同するかどうかはともかく)。

 しかし、森さんにはそれに類するものは何一つない。落ち度が無いにもかかわらず批判されるとすれば、実態よりも過度に評価されていることへの反発が考えられるが、評価(ここではミス・ユニバース優勝)が過度であるか否かは、他の出場者との関係や審査項目などから判断されることであり、日本での日常生活上での美的感覚によるものではない。

 化粧の濃さや衣装の華美・奇抜さを指摘する向きもあるが、それらはミス・ユニバース世界大会という謂わばハレ(晴れ)の舞台でのものであり、ケ(褻)の状態である日本の日常風景と比較するのは、そもそも筋違いである。スッピンの方が可愛いという感想は、それはそれで一つの率直な感想なのだろうけれど、ミス・ユニバース世界大会はスッピンで出場する大会ではないだろう。そんなことを言っても…と思うのだが。

 仮に、化粧の濃さや衣装の華美・奇抜さを指摘するにしても、それらはミス・ユニバース出場者全体に言えることで、森さんのみが批判される筋のものではない。他の出場者も肉感的な容姿・服装であり、その傾向が全体にいえることならば、それは運営サイドの審査基準が各人の美的感覚と合わなかったということであって、適正な手続と審査に則って優勝した人に向けるべきことではない。

 好悪美醜は各人の美的感覚が大きく影響する事柄ではあるが、それのみを根拠とし、手続や審査基準を度外視する論評は、過去のある事例を想起させる。2004年夏、牧太郎という毎日新聞記者が『牧太郎のここだけの話』というコラムで、柔道の塚田真希選手を揶揄したことがあったが、あれに通じるものを感じる。あの時の牧記者も、個人的な美的感覚を根拠に評したことだろう。個人的な感覚を大上段にして、道理も前提条件も無視して、何を言ってもいいのであれば、牧記者のコラムもネット世論的には許容されるのだろうか。
(6月16日5時30分追記)牧太郎記者のアテネ五輪での駄文『牧太郎のここだけの話:「金」より姿三四郎』は下記リンク先にて読める。牧記者のあの文章は今読んでも下らない内容だと思う。新聞記者と匿名ネット世論の違いはあるものの、同様の誹謗中傷が今現在、森理世さんに対して行なわれている。牧記者の文章を見て憤りを覚えるであろう人達が、何故、同種同様の行為を行なえるのか、私には理解し難い。

(2006年10月11日)世界の中心で左右をヲチするノケモノ:毎日新聞社の牧太郎は2004年8月31日から一歩も進んでいないという話

 また、ミス・インターナショナル日本代表と比較する向きもあるが、これはそもそも大会が異なる。異なる事柄を特に注釈を付けることも無く比較しても、何の説得力もない。そちらの大会が自身の趣味嗜好に合うのであれば、そちらに注目していればいい。

 『痛いニュース(ノ∀`)』さん以外での批判の中には、品性や知性、さらには国際人論云々を説く向きもあるが、森さんにそれらが備わっているか否かを、彼らはどうして判断したのだろうか。これは、森さんの品性・知性などについてどれほど知っているのかという疑問と、森さん以外の出場者の品性・知性などについてどれほど知っているのかという疑問からなる。その出場者の中から優勝者が選ばれるのだから、当然、前者のみならず後者についても、よくよく調べた上での批判なのだろう。と思ったのだが、そういう訳でもないようだ。ただ、何となく、見た感じだけの、漫然とした、かつ、個人と運営を混同した批判であり、しかも、その表現にはかなり強烈な言葉が選択されている。

 何故、日本代表として国際舞台で活躍している日本人に対して、当の日本人から斯様な、特に根拠の無い誹謗中傷がなされるのか。森さん自身も、まさか同じ日本人から撃たれるとは思ってもみなかったのではないか。報道される限りで特に落ち度の無い人が叩かれる。日々、大量に報道される話題の一つとして消費され、少し時が経てば論評者自身も論評したことを忘れるであろう程度の認識で、その情報消費活動の中で行なわれた誹謗中傷は、そのままウェブ上に記録される。ネガティブな評価もまた評価であり、有名税であると考えたとしても、これではあまりに理不尽である。


※(6月16日12時30分追記)このエントリー自体は『痛いニュース(ノ∀`)』さんの記事を読んだ5月末に書いた(けれどボツにした)内容に、加筆修正したものです。ヲチっぽくなってしまい、不快な思いをした方もいると思います。その点は申し訳ありません。ただ、アテネ五輪で塚田真希選手に向けられた批判(落ち度無き者への批判)と同様の論法が罷り通るのは看過できませんでした。



【6月19日8時00分追記】

 6月17日(日)放送の『たかじんのそこまで言って委員会』でも、三宅久之さんや金美鈴さんが、森理世さんを批判していた。批判の中身は、容姿に関するものと知性・品性・国際人云々に関するもので、三宅さんが両方を、金さんが後者について論じていた。しかし、仮に森さんの容姿等に難ありと考えた場合、そのような森さんが優勝したという事実をどう判断するのかという疑問が、次には起こるはずである。
1.容姿に関する批判
  A.出場者全体の質の問題
    →森さんに敗れた人達はもっと「容姿に難あり」だった。
  B.判定の不当性の問題
    →森さんの優勝が不当であった。審判買収など?

2.知性・品性・国際人云々に関する批判
  A.出場者全体の質の問題
    →森さんに敗れた人達はもっと「知性・品性が劣った人物」だった。
    →森さんに敗れた人達はもっと「国際人足り得ない人物」だった。
  B.判定の不当性の問題
    →森さんの優勝が不当であった。審判買収など?

 1−Aと2−Aの場合(そのように理解する場合)には、森さんの優勝は順当ということになる。1−Bと2−Bの場合には、森さんの優勝は批判されても仕方ないが、そのような報道は現時点ではなされていない。したがって、判定が不当であるということは、現時点までの報道の限りでは言えない。判定に不当な影響力を行使したという事情が確認された訳ではなく、出場者の中から順当に選ばれたにもかかわらず、著名な知識人からも斯様な批判を受けるとすると、大会に何か不備があるのだろうか。
a.優勝は順当だがミス・ユニバース世界大会出場者全体の質が低かった。
b.ミス・ユニバース世界大会の審査基準が日本人の美的感覚と異なった。

 aの場合について。ミス・ユニバース・ジャパンのオフィシャルウェブサイトによれば、ミス・ユニバースは世界80か国以上の代表が参加する大会だという。「代表が」というからには、世界大会へ出場する人物を選出するための国内大会が各国で行なわれている訳で、その国内大会応募者まで母集団に含めて考えれば、この世界大会を一概に質が低いと看做すのは中々難しい。それでもなお出場者全体の質の低さを問うたとしても、そのような批判は優勝者個人に押し付けるべきものではない。優勝者個人は全体の質を象徴するかもしれないが、ルールに則り優勝しているのである。優勝者個人が批判される根拠にはならない。

 bの場合について。そもそも審査基準が日本人の美的感覚と異なったとしても、それは森さん個人に向けられるべき批判ではない。審査基準への批判は、そのような審査基準を設定した主催者側か、(美の審査には個々の審査員の主観も入り得るであろうから)そのように審査した個々の審査員に対して向けるべきだろう。

 それにしても、優勝を逃したのであれば批判が起こるのも理解できるし、或いは「勝って兜の緒を締めよ」というのであれば、それも分からなくもないが、森さん批判はそのどちらでもなさそうだ。では、批判者は一体何を求めていたのだろうか。その批判の源をとして私が想定し得るのは次の二点。
(1)各人の日常生活上の美的感覚とのズレ(大会審査基準を考慮しない)。
(2)ミス・ユニバース優勝を日本の美と思われたくないという視点。

 (1)の日常との差異、化粧の濃さや衣装の華美・奇抜さについては、ミス・ユニバース世界大会というハレ(晴れ)の舞台と、日本における日本人の日常生活という(褻)の状態とを比較すること自体に無理があることは既に書いた。日本代表の森さんの化粧や衣装のみが肉感的で、日本と日本人を誤解させるというのであれば、森さんやそのメイクとファッションをコーディネートした人物が批判されるのも理解できる。

 しかし、各国のミス・ユニバースのオフィシャルウェブサイトをあたって確認してみれば分かるが、例えば、ブラジル代表やボリビア代表の女性は、日頃もあのような華美な服装で暮らしているのだろうか。現代ブラジル女性は皆、リオのカーニバルに出てきそうな格好で日常生活を過ごしているのだろうか。たぶん、違うだろう。各国のオフィシャルウェブサイトを見れば、ミス・ユニバース世界大会で求められている美の傾向が何となく分かる。出場者は皆似たような化粧で肉感的な容貌だけれど、衣装には各国の特色がある。それが各人の美的感覚と異なっているならば、その点を指摘すればいいではないか。

 或いは、ミスコンはミス・ユニバースだけではないのだから、自身の感性と合ったものを探せば良いはずである。例えば、主に日本で開催されているミス・インターナショナル・コンテストに注目すれば良いだろう。より日常生活上の美的感覚に近いものを求めるのであれば、国際的なミス・コンテストなど見ずに、ミス○○町内会といった国内的な催しを探せば良い。お気に入りの国内ファッション誌に登場するモデルを眺めていれば良い。選択肢は多々あるのだから、個人と運営を混同してまで批判するほど、その大会に固執する必要は無いだろう。

 それでもなおミス・ユニバース優勝に固執する場合、批判者の身の回りにいる美人、想定する美人像が、ミス・ユニバースで優勝しようと思い、そのための戦略を練ったと仮定して検討してみればどうか。つまり、その大会のルールと審査に則って優勝するにはどうすればいいか。そうすると、やはりある程度は肉感的な印象を与える化粧と衣装を選ばざるを得ないのではないか。その時、彼ら批判者の思い描く美人もまた、日常生活上の美的感覚からは大きく外れることになるのではないか。結局、ミス・ユニバース世界大会を基に論じれば、批判者にとっては無いものねだりになるだろう。

 (2)は三宅さんの発言に感じたことだけれど、欧米人の好む美人像(アジアン・ビューティー?)への忌避ではないか。サムライ、ニンジャ、ゲイシャ、出っ歯で眼鏡かけて首からカメラ提げた日本人像みたいな、誤った現代日本へのイメージや欧米人から押し付けられる(押し付けられていると感じる)美人像への反発ならば、そのような日本像に迎合したくないと考える人が反発するのも分からなくはない。ただ、それもやはり森さん個人に向けるべき批判ではない。

 また、知性・品性・国際人云々を論じるならば、先ずそのあるべき「知性」「品性」「国際人云々」の定義を示し、その定義に該当する日本人を(とりわけ森さんと同年代の日本人を)複数名挙げてからでなければ、どこに存在するとも分からない架空の、想像上の、抽象的な日本人像を作り上げた上での批判になってしまう。そのような抽象的理想的日本人像に敵う実在の日本人なんて、実際のところ日本に何人くらい存在するのだろうか。しかも、若者で。

 その審査基準の下では過大とはいえない評価で、かつ、特に取り上げるような落ち度も無い人物に向けられる批判が、何故起こるのか。ルールに則って優勝した人物に、前提となるルールを無視して批判をぶつけているのであれば、それはそもそも競争や公正さといった事柄への理解が、どこかで誤っているのではないか。優勝者の今後を案じるよりも前に、どこに存在するかも分からない「あるべき日本人像」を論じるよりも前に、自身の論評の身勝手さを見つめるべきだと思う。

 繰り返しになるが、今回、個人的な日常生活上の美的感覚を基に森さんを批判していた人達は、アテネ五輪の際に、個人的な日常生活上の美的感覚を基に塚田真希選手を揶揄していた毎日新聞・牧太郎記者のコラムに対し、どのような感想を抱いたのであろうか。美しさと強さ、ミスコンとスポーツは違うと言い訳するのだろうか。それとも、牧記者の行為は批判しつつ、自身の行為は許されると考えるのだろうか。或いは、牧記者とともに塚田選手を批判したのだろうか。



Wikipediaで見るミス○○色々
ミス・ユニバース - Wikipedia
ミス・インターナショナル - Wikipedia
ミス・ワールド - Wikipedia
ミス日本 - Wikipedia

『痛いニュース(ノ∀`)』さんのミス・ユニバース関連記事
(2007年05月30日)痛いニュース(ノ∀`):韓国ネチズン「ミス・ジャパンが第一位なのは、日本のスポンサーのおかげ」
(2007年06月03日)痛いニュース(ノ∀`):米紙が「森理世は整形だった!」と証拠写真を掲載→写真をよく見たらイ・ハニ(ミスコリア)だった

【7月26日2時頃追記】
(2007年07月23日)痛いニュース(ノ∀`):「不細工」「顔デカすぎ」「ミス子豚に改名しろ」 ミス香港に大ブーイング
→“選択肢の中から選ぶ”という基本的なことが理解できない人というのは、どこの国にもいるようですね。しかし、当該スレのコメントも香港市民と同レベルのようで。もうミス週刊少年マガジンだけ注目していればいいんじゃないかな、と。
posted by sok at 23:00| Comment(40) | TrackBack(1) | ネットと言論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
森さん批判ですが、私は仕方がないのではないかと思います。私自身、彼女の優勝には納得がいっていません。

彼女の容姿は日本人が好むものからはかけ離れています。では、世界から見た美女なのかと言えばそうでもなく、お金が関係していないのならば、ただ単に今年の審査員の好みだったとしか言いようがありません。私個人としては、ミス・ユニバース大会には日本のスポンサーも多かったことや、ドナルド・トランプがアジア進出を狙っていることから見て、今年の森さんの優勝は出来レースだったのではないかと考えています。

日本で彼女を批判する人が多いのは、

1.きれいな日本語が話せない
2.上から物を言う態度
3.謙虚さがない
4.Me,Me精神が強すぎる
5.品がない
6.頭が悪い

からではないでしょうか?この6つの点については、彼女のインタビュー(ミス・ジャパンで優勝したときの感想等も含めて)や、彼女のブログを読めば、彼女の親友でなくてもレベルの低さが分かると思います。

彼女の頭の悪さは外国と日本での態度を使い分けることが出来なかったことから見ても分かります。私はアメリカ、カナダ、中東で暮らした経験を持ちますが、やはり、その国々で受ける態度、言葉遣い等があると思います。外国で受ける態度が日本でも受けるとは限りませんので。。。

少し前のインタビュー(アメリカでのもの)で、これからの事を聞かれ、彼女は「私はミスユニバースになり、新しい仕事が増えました。それはエイズのスポークスパーソンとしてエイズやHIVについて世界中で話すことです。エイズやHIVについては今、勉強中です」とバカの一つ覚えのようにどのインタビューでも話していましたが、彼女が本当に社会に貢献したいと考えているような女性なら「今」勉強するのはおかしいと思いますし、彼女が頭がよければミスジャパンに選ばれた時から猛勉強するか、インタビューでもっと違う答えを言ったでしょうね。

日本人で彼女のことを批判する人が多いのは、仕方がないのではないでしょうか?
Posted by マリ at 2007年06月24日 23:13
こんばんは。初めての書き込みで管理人さんを差し置いてレスさせていただきます。
何か気になったので‥

>森さん批判ですが、私は仕方がないのではないかと思います。私自身、彼女の優勝には納得がいっていません。

では、マリさんは、どこの国の代表の方なら納得がいきますか?失礼ですが、他の代表の方も全てご覧になって仰っているのでしょうか?
私も、森さんは、私が考える日本的な美人ではないと思いますけれども、彼女を批判しようとは思いません。選ばれたのは彼女の資質と努力によるものであって、彼女が悪いわけでもなんでもない。もしも批判するならば、むしろ審査員の方ではないでしょうか。私はしませんが。
Posted by K at 2007年06月25日 20:21
 マリさん、コメントありがとうございます。

 「彼女の容姿は日本人が好むものからはかけ離れて」いるかどうかといえば、スッピンなら可愛いというコメントも散見されましたから、かけ離れているとまで言えるとすれば、それは彼女の容姿というよりもミス・ユニバースの傾向(化粧や衣装など)だろうと思います。

 「世界から見た美女なのか」という点に関しては、何とも言えません。私には、他のどの代表も同じような化粧の濃さと派手な衣装のため、見た目の点では森さんが特に他国代表者に劣るとは思えませんでした。前年優勝者のプエルトリコ代表も、今回の他国代表者(ベネズエラ、ブラジル、韓国、アメリカなど)も、そういう意味では日本人受けはしないでしょう。日本人受けするかどうかは本大会の審査基準ではないでしょうが。

 化粧の濃さという点を抜きにしても、日本代表選考のファイナリスト16名の顔ぶれを見れば、全体的に日本人の好みというより、欧米人好みの顔立ちの人が国内審査でも選ばれているという印象を受けます。この16名の中から誰が日本代表として世界大会で優勝しても、容姿に関して批判している人達の多くは「日本人好みではない」と批判するのではないかと思います。ネット上でミス・ユニバースについて言及している人の中で、日本代表選考の頃から継続して注目していた人達がどのくらいの割合でいたのかも、少し気になりました。

毎日:<ミス・ユニバース>日本代表候補16人が決定 男装くららがエスコート
http://www.mainichi-msn.co.jp/entertainment/geinou/200612/graph/18/


 「今年の審査員の好みだった」ということであれば、それは審査員に関する問題です。「日本のスポンサーも多かったこと」や「ドナルド・トランプがアジア進出を狙っていること」は、森さん個人とは関係ありません。仮に何らかのビジネス上の思惑があったとしても、日本代表選考で森さんが敗れていれば、その思惑の恩恵に与れたのは別の日本人ということになります。その場合、日本代表は誰がなっても優勝は出来レースということで、森さん個人がどうというよりも、日本の運営団体の在り方が問われることでしょう。勿論、憶測ではなくそれなりの根拠を示した上での話ですが。個人的資質とは関係ない事柄を個人に向けるべきではないと考えます。
Posted by sok at 2007年06月26日 07:00
 Kさん、コメントありがとうございます。

 私の見た限りではネット上の批判的意見からは、選択肢の中から選ぶという意識があまり見受けられませんでした。審査員にしても候補者の中からしか選べないですから、批評する場合は先ずその大前提を押さえておきたいですし、大会の傾向も把握しておきたいですね。
Posted by sok at 2007年06月26日 07:36
今年の日本代表についてもまたネット批判が多いのを目にします。

なぜこれほどまでに一方的に批判ばかりして、その人の良いところを見ようとしない人が多いのでしょうか。

「私は自分に全く自信がなくとても不幸な人間です」

と大きな声でいっているようなものだということに、なぜ気付かないのか不思議で仕方がありません。

批判ばかりされて育ったのでしょうか?

本当に悲しいことです。









Posted by YK at 2008年04月07日 19:54
 YKさん、コメントありがとうございます。

 私は、批判すること自体はよいと思っています。ただ、ミス・ユニバース日本代表に対する批判者の言動は、前提となる条件などを一切無視した感情の垂れ流しであり、自分の内にある想像上の美人や当代一流の国際人の教養と対比してなされているように見えます。ミス・ユニバース日本代表に選出され、世界大会で優勝するということは当人の努力と幸運によるものですが、そうして有名になったというだけで人々の際限の無い要求に曝され、罵詈雑言をウェブ上に記録されるというのは、あまりに不合理です。批判者の言動に一定の道理があれば気にはしませんが、彼らの言い分を見ていると、自分の美意識が結果に直結すると相当程度思っている節があり、その自意識の過剰さが気味悪いです。
Posted by sok at 2008年04月08日 21:59
森さんが優勝したのはイネスが10年努力した結果だと思います。
日本代表の容姿以前に、ミスユニバースの大会を知り尽くし、対策を考え指導した日本代表ディレクター、イネス・リグロンの教育の成果。彼女の本を読むとそりゃ優勝するわなってくらいすごくて納得できました。
彼女によると奥ゆかしい日本人では世界の舞台で戦えない。自分を表現できる子・強い子しか通用しないので、日本の美的基準の性格・表現力で優勝は無理だと思われます。
美人でスタイル抜群な候補者はいくらでもいるので、審査員に印象づける個性的な顔立ちとパフォーマンスがとても重要みたいです。

Posted by nana at 2008年05月06日 23:59
 nanaさん、コメントありがとうございます。返事が遅れてしまい申し訳ありません。

 昨日、アマゾンからイネス・リグロン著『世界一の美女の創りかた』が届き、読み終えました。著書を読んだ限り、御指摘の通り、イネスさんがミス・ユニバースという大会を熟知して、その目標に必要なトレーニングを実践した結果、それも1998年からの10年がかりの偉業だと言えますね。2000年に遠藤真由さんが14位入賞、2003年に宮崎京さんが5位入賞、2006年に知花くららが2位入賞+民族衣装部門最優秀賞受賞、2007年に森理世さんが優勝。こうして結果を年毎に並べれば、陰謀論や誹謗中傷の入り込む余地はないと実感します。

 指導については、立ち姿勢、歩き方、服の選び方、着こなし、メイクの仕方、歯列矯正といったモデル業に直接関係しそうなものだけでなく、食生活の改善といった基本的な事柄や成功している自分を具体的にイメージする(ミス・ユニバース優勝後まで含む)といったトレーニングもあり、表現力や社交性は世界基準を意識したもので、優勝するために必要と思われることは殆どやっているように思えました。

 他方で、イネスさんの指導、ミス・ユニバース世界大会の基準は、日本の日常的な美的感覚からはかけ離れているので、今後も日本代表に対して日本人から心無い批判が向けられる状況は続くだろうなという予感もあります。美しさの基準は一つではないのだから、自分の感覚と違うくらいで非難する程のことでもないと思うのですが…。
Posted by sok at 2008年05月11日 10:45
森理世さんを批判している日本人がいるなんて驚きました。
同じ日本人として誇りに思えばよいだけなのに。
私はミスユニバース世界大会は20年近く前からTVで見ていますが、最後のインタビューが最も重要であり、それによって順位が逆転し、勝負が決まることを見ています。
いわば「中身」が最も重視されるのです。
ミスユニバースは見目が良いだけの人形を選びません。「世界中の女性の模範になるような人物を選ぶ」という基準があります。

森さんはインタビューで一発で人を惹きつけます。日本社会が女性に求めるような、黙って男に従っていればよい女性ではなく、質問にははっきり答え、自分に自信を持ちながら他人に配慮もできる人です。


元々ミスユニバースは土台が西洋基準から見た美の戦いの場なのだから、それに不服があるなら日本的採点基準から成る世界一美人決定戦を日本が主催してやればよろしかろう。
その美の基準に恒久性があれば広まるだろうし、なければ自己満足で終わるだけ。(でも舞台で映えるのは背の高い方)

批判する人は森さんではなく「審査員」を非難すべき。
そうではなく森さんを批判している人は、彼女を嫉妬しているだけでしょう。男でも女でも。
そして、外見だけで美人が決まるとでも思っている薄っぺらな人なのでしょう。

私は森理世さんは素晴らしいと思います。中身の美しさに外見がついていっていないとは思いますが、中身重視の大会で彼女が選ばれたことは至極当然と思います。
主催のドナルド・トランプは"she is the best one we've ever had"と言っています。

日本人ももっと森さんを学べばよいのに。
情けないつまらん社会ですな。
Posted by 森・パンツスーツでティアラの引継ぎ2008 at 2008年07月16日 02:51
 森・パンツスーツでティアラの引継ぎ2008さん、コメントありがとうございます。


>森さんを批判している人は、彼女を嫉妬しているだけでしょう。男でも女でも。

 個人的には、批判者達が森さんに嫉妬するということはないと思います。もし嫉妬するような人がいるとすれば、それはこの大会に思い入れやこだわりを持った人(例えば日本代表選考会で競い合ったような人)、継続的に関心を寄せていた人ではないでしょうか。ネット上の批判者達は、もっとお手軽に非難して、今では罵ったことすら覚えていないでしょうし、今月14日のミス・ユニバース世界大会最終選考会で、ベネズエラ代表が優勝したことも知らないでしょう。別にミス・ユニバースに限らず、どのような話題でも(それが政治問題であれ芸能ニュースであれ)、彼ら批判者は自身の直感を表明したいだけなのだと思います。その直感がウェブ上で可視化される意見として多数を占めていることさえ確認できれば(実際にそのような意見が社会の多数ではなくとも)、それで安心し、満足し、次の話題へ向かうのだと思います。

 野球やサッカー、格闘技の試合を観る人ならば、前提となるルールや条件を大まかにでも理解した上で試合を楽しむでしょうし、より楽しめるように理解を深めようとするでしょう。人によっては対戦相手・他競技者との戦力比較などを行なう人もいるかもしれません。美を競う大会についても、それらと同じように楽しめば良いと考えます。批判するにしても「自分は日本代表の○○さんより△△代表の□□さんの方が美人だと思う(or好みだ)」「スピーチは■■さんの方が良かった」「衣装は▲▲代表のものがよかった」など、具体的な感想があっても良かったと思うのですが、実際にはそのようなことは殆どなく、ただ否定するだけか、実在しない何か、抽象的・観念的な存在と比較するような意見ばかりでした。
Posted by sok at 2008年07月16日 22:54
受賞後日本のマスコミの取材の類を一切断った事に端を発して、
ないがしろにされたマスコミがこぞって彼女に批判的な人達を報道し、
いわば印象操作を図ったという風に捕らえています
この国のマスメディアに公平性を求めてはいけません
Posted by slea at 2008年08月23日 14:44
 sleaさん、コメントありがとうございます。
 ブログを放置していたら、すっかり返事が遅れてしまいました。申し訳ありません。

 メディアという点では、ウェブ上と週刊誌での取り上げ方が酷かったように記憶しています。本日記でもそうした人達を批判しましたが、他方で今秋のNHKスペシャルではイネス・リグロン氏を扱ったドキュメンタリーが放送されます。メディアの公平性については、それを見てから改めて判断しても良いのではないか、と思います。そこでどう取り上げられるのか、ウェブ上での視聴者の反応はどうなのか等々。


『私はこうして世界一の美女をつくる 〜ミス・ユニバース請負人の挑戦〜 (仮)』
2008年9月22日(月) 午後10時〜10時49分 総合テレビ
http://www.nhk.or.jp/special/onair/080922.html
Posted by sok at 2008年09月05日 20:41
 森理世さんへの批判はすごかったですね。ネットでもメディアでも疑問の声が上がっていました。

 自分が思うに、日本人女性は基本的に「いかに自分の平らな顔を白人女性の顔に近づけるか」に力を注いでいると思うのです。美意識としても、首から上のことばかりで、体系やバランスなどはあまり気にしていないように思えます。

 日本人は欧米の女性に憧れ、少しでも彼女たちに近づけるよう努力してきたのに、彼らがアジア人に求める美が、あまりに自分たちのそれとはかけ離れたものであり、それを素直に受け入れることが出来なくなっているのではないでしょうか。

 その点で、sokさんの『欧米人の好む美人像(アジアン・ビューティー?)への忌避』に共通するものがあるのではないかと思い、コメントさせて頂きました。
 自分は森理世さんの内面についてはほとんど何も知りませんが、少なくとも外見に関して言わせてもらえば、ミス・ユニバースに選ばれるに十分な美しさを持っていると感じました。
Posted by ra2 at 2008年09月13日 15:55
 ra2さん、コメントありがとうございます。

 日本人女性が求める美と欧米人女性が求める美の捩れという点については、週刊誌およびウェブ上での反応が男性からの反発なのだろうと念頭にあったため、あまり考えていませんでした。御指摘ありがとうございます。女性からの擁護が少なかったのには、そうした捩れがあったのかもしれませんね。ミス香港へのブーイングも併せて考えると、これは日本だけの現象ではないのでしょう。

 柔道であれば重量ごとに、水泳であれば泳法ごとに種目があるように、ミスコンを見る際にも、日本的な美人像を競う種目(国内のミスコン)もあれば、欧米的な美人像を競う種目(ミス・ユニバース)もあると考えれば、国際大会で敢闘した人を揶揄するだけの言動にはならなかったと思いますし、そういう発想が特に難しいものだとも思わないのですが、実際には自分の美意識が全面的に反映されなければ罵倒するという人が絶えませんでした。

 また、本文中でも追記として書いたことですが、評論家の反応、とりわけ1930年生まれの三宅久之氏と1934年生まれの金美鈴氏が、1986年生まれの森理世氏(受賞当時20歳)に対して、知性・品性という面から批判していたことにも違和感がありました。ネット上にも同種の批判はありましたが、成人しているとはいえまだ20歳の人に対して、年長者達が非の打ち所の無い言動を求め、その各人が投影する理想に合わなければ罵るということ、そして、そうした言動が特に異論なく社会に受け入れられているということ。若年者に高い知性・品性を求めるのであれば、必然的に年長者にはより高次の知性・品性が求められるということを、彼らは理解しているのだろうかという点についても気になります。
Posted by sok at 2008年09月20日 09:57
SOKさんのおっしゃる事、一字一句その通りだと日記を読んで思いました。
大体、批判している人のどれだけの人が批判となる根拠を示しているのでしょうかね?批判するには根拠があるはずで、根拠のない批判は批判とは言わず、批判にも値せず、感情論をぶつけているだけの反感にしか過ぎないと思いました。
これは、森理世さんの事だけにと止まる話ではないでしょう。
また、主要ミスコン(ユニバース、インターナショナル、ワールド)国際大会は欧米的な審査基準を基にしていますが、世界大会というからには、審査についても最大公約数を取る訳で、万人の美人の基準に合うとも限らないでしょう。なぜ、そんな事に気づかないのでしょうか?そもそも、批判している人たちも自分の好みには合わないけど美人ではあるとの批評を少なからずしているところを見れば、美人である事には変わりないでしょう。とすれば、先に書いたように単に反感を吐き出したいだけなんだと思わざるを得ません。
あと、なぜミスユニバースだけが槍玉に挙げられるのかも理解できないところであります。ミスインターナショナルなどは永遠東京開催されており、少なからず日本人好みに近い審査がされている(私は思っていますが)ので、ミスユニバースが気に食わなければミスインターナショナルを見ればよいでしょう。わざわざ気に食わないものをみて自分の機嫌を自ら悪くする人の神経もわかりませんけどね。
いずれにしても、根拠のない反感などを吐き出すのは構いませんが、せめて人を不快にさせる書き方はやめてもらいたいものです。
Posted by woodbell at 2008年09月22日 23:55
1年以上も前の記事に今更コメントして恐縮ですが、わたしもSOKさんのおっしゃるとおりだと思います。
そういえば森理世さんは今何しているのかな、とふと思い立って検索したところ、
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1111738181
が上位にヒットし、内容を読んで悲しい気持ちになりました。
優勝後に出演していたTVを拝見し、わたしは森さんは美しい人だと思いました。凛とした一本筋の通ったお嬢さんだな、と思いました。なぜここまで批判されねばならないのか、甚だ疑問です。
関係のないことかもしれませんが、某プロダクションのコンテストで12歳の子が優勝してしまうことを鑑みれば、日本という国の美意識の変容が招く未来の答えがおのずと出ているような気もします。
Posted by kamille at 2008年10月27日 21:49
 Woodbellさん、kamilleさん、コメントありがとうございます。
 今、森理世さんの名で検索してみたら、「Yahoo!知恵袋」が3番手、拙ブログが5番手でした。

 個人的な好き嫌いを自由に語れるのもウェブ空間の良さではありますが、前提となる基準や条件、舞台を無視した言説に関しては、批判を避けるための努力のしようがない類のものも多く、「では、森さんはどうしていたら良かったの?」「どういう結果だったら良かったの?」と聞き返してみたくなることはあります。

 教養を理由として批判している人達に対しても、各人の基準とする教養がどの程度のものなのかも示されておらず、まだ発展途上にある若者に対して期待を込めて敢えて厳しく批評するという態度でもなさそうで、批判されても対処のしようがありません。批判者達の言い分は過酷なだけで情がなく、反発から始まる認識の共有で終了しているだけなので、意見としてもつまらないというのが率直な感想です。 
Posted by sok at 2008年10月29日 00:09
なるほどね、そーゆーことだったんですね。

はっきり言って、どーしてここにたどり着いたかというと、”森理世”で検索したから。で、どーして検索したかっていうと、あれ、美人じゃん!!て思ったから。テレビ見て。

検索して最初の方、まー出て来る出て来る、当時、週刊誌の写真見て自身で感じた印象と同じ内容の事を綴った書き込みが・・・。つまり、私もそのように思ってた訳でして。いけませんねー。心よりお詫び申し上げます。(思っただけなので許してね。)

しかしなんですね。写真ってのはいけませんね。やはり動画でないと見えない部分って多いですね。そうそう、生の声ってのもあると無しではぜんぜん違いますね。女性の魅力ってのは化粧、衣装、作法、立ち居振る舞い、それになんといっても茶目っ気というかなんというか、ま、色々ありますからね。学問に秀でていればいいってもんではないし、これは男でも同じですね。

とにかく、テレビで見るまではどうして優勝できたんだろうって疑問はありました。でも、そうした疑問は一瞬で氷解しました。自宅の廊下でカメラに見せたウォーキングで。少しだけですがファンになってしまったかもしれません。もっともっとはばたいて欲しいと思っています。
Posted by crcr at 2008年12月18日 20:59
 crcrさん、コメントありがとうございます。

 昨年9月放送のNスペで、イネス氏が美馬寛子さんに着目した理由として、ミス・ユニバース優勝後を見据えた受け答えをしていたことを挙げていました。イネス氏の著書には、森さんに優勝後を具体的にイメージさせたとありました(133頁)。優勝以後を想定できる、自信に満ち溢れた美の表現、活動的な美という基準で審査する大会なのでしょう。そうした美は、ネット世論や週刊誌の求める美とは異なったのだと思います。
Posted by sok at 2009年01月27日 01:51
”日本の企業が複数スポンサーになっていたので(王冠も日本の企業提供)、、

審査員全員が彼女に票を入れた時点でおかしい印象受けます。

世界中の美女が集まっているのにそこまで人の好みや見方は同じなのかと”

ミスコンに裏があるのはいつものことですが、2007はちょっとやり方が、、

森さんのせいではないのに批判されてかわいそうですね。気にしないでがんばってほしいです。
Posted by quo at 2009年02月18日 16:34
 quoさん、コメントありがとうございます。

 王冠を提供している日本企業とは、真珠で有名な御木本のことですが、宝飾品である王冠(それも世界的な大会に提供される特別なもの)に、真珠が散りばめられていても、私は特に違和感を覚えませんし、日本の技術が世界的に認められ採用されていることは、名誉なことだと思います。そのことが何か憶測を呼ぶのでしょうか。

 御木本が王冠を提供したのは、御木本の社史によれば2002年からです。以後、この王冠が代々の世界一に引き継がれるとのことですが、日本代表の頭上に輝いたのは5年後の2007年です。「ミスコンに裏がある」のであれば、日本のスポンサー企業群は随分と気長なのだなあと思います。

MIKIMOTO:Timeline -ミス・ユニバース・クラウンを寄贈-
http://www.mikimoto.com/html/ja/history/timeline/e065.html

 尤も、事業・興行としてのミス・ユニバースを成功させ、放映権収入を拡大させるために、主催者側に何らかの思惑があったとしても、別に森さんが批判される筋合いはありませんし、また、この記事を書いた頃のネット世論の非難も、殆どはそういう話ではありませんでした。
Posted by sok at 2009年02月18日 20:04
森さんは悪くないと思いますよ。
森さんを責めるのは絶対に違うと思います。

私は批判もしませんし、肯定もしません。
問題は世界一になったのにもかかわらず、
ここまで批判が噴出する状況と、
またそれを諌める意見も噴出する状況です。

「なぜ世界一になったことに文句を言うのか。
またその世界一をなぜ擁護せねばならないのか。」

審査員や大会側のニーズに最も合致した結果だと思います。
審査する側も人間ですから。
実際街中で欧米人男性に連れられている日本人女性はだいたいあんな感じだと思います。

陰謀も何もないと思いますよ。
例えば審査員に熟女好きが多ければ、
当然優勝はおばさんになっちゃうわけだし。
映画ハンニバルライジングに出てくるレディムラサキなんてのは、
欧米人の理想とする日本人がよくわかりませんか?

ただ審査基準について言及するなら、そもそも日本の予選で選ばれた基準について追求しないと「支持されない日本代表美人」は今後も出てきますよ。

やはり日本人の多くが胸を張って支持する女性を
日本代表として送り出せば、優勝しようがそうでなかろうが
批判は少ないんじゃないかと思います。
「わからなきゃいいですよ」くらいに誇りを持って。

だから国内予選の段階で「国際基準」がどうこう言う前に、
我々が「日本人の基準」をしっかり持って選出するようにすれば良いと思います。

一部の強力な団体が「国際基準の美しさ」と「日本人の美しさ」を両方追求するからおかしなことになるんじゃないですか?

料理コンクールだって、日本人シェフが何でもアリのハンバーグカレー作って優勝しちゃうようなモンで、「らしさ」でいけば蕎麦で優勝した方が少なくとも日本国内の批判は少ないと思いますよ。

普段はまわりに敵も多いイチローが、
日本代表で優勝したら拍手喝采ですし、
ジャンルは違うにせよ総じて、
背負うものも含めた「日本代表力」の違いじゃないですかねぇ?

だって「世界一」になったら誰だって、
祝福ムードから入るはずなのにねぇ・・・
祝福できないなら、最初から日本代表の女性を、
自分たちの価値観でしっかりと選びましょう!
文字通り優勝したんだから後から文句言わない!

以上
Posted by OJ at 2009年04月08日 12:11
 OJさん、コメントありがとうございます。


>またそれを諌める意見も噴出する状況です。

 「諌める意見」というものが噴出していたとは知りませんでした。私が見た限りでは、当時(2007年5月末〜6月初旬)のウェブ上での反応で、森理世氏を擁護している意見には殆ど出会えませんでした。右派は三宅久之氏や金美鈴氏のような人達がそうであったように彼女に対して過度に批判的でしたし、左派は元々ミスコン自体に批判的なためか反応が殆どありませんでした。そして、ネット世論の大勢はというと、ブログ「痛いニュース(ノ∀`)」等の反応を見れば分かるでしょう。森氏側の意見としてはイネス・リグロン氏の著書が挙げられますが、これは関係者の言い分であり、他に「噴出する状況」といえる程の「諌める意見」はありましたでしょうか?イネス氏の著書の中では週刊誌によってなされたとされる森氏への誹謗中傷の例が取り上げられていましたが。


>やはり日本人の多くが胸を張って支持する女性を日本代表として送り出せば、優勝しようがそうでなかろうが批判は少ないんじゃないかと思います。「わからなきゃいいですよ」くらいに誇りを持って。

 それでは発想が逆ではないでしょうか?出場者一人一人は、世界大会優勝という目標に向かって努力し、工夫し、最適化を図っていることでしょう。森氏やイネス氏のように、その大会が一体どのような美を要求しているのかを把握することから始まり、そのために必要なこと、採点され得るあらゆること(化粧、服装、歩き方、スピーチなど)を想定して対処するという発想は、合理的であると思います(合理性自体が日本人には合わないという考えならばともかく)。

 また、彼女らが、外野の反応を気にすることで優勝を逃していたら、ウェブ上および週刊誌上で話題に上るということもなかったでしょう。それは優勝していたら非難していたであろう人達の目にも留まらないということです。のみならず、自身の目標も遂げられないということです。森氏が優勝した2007年大会の際に騒いでいた人達が、美馬寛子氏が出場した2008年大会においても関心を持続できたかどうかを考えれば判断できるでしょう。


>だから国内予選の段階で「国際基準」がどうこう言う前に、我々が「日本人の基準」をしっかり持って選出するようにすれば良いと思います。

 そういうことが実際上可能なことだと思いますか?私には、「日本人の多くが胸を張って支持する」ような美の基準というものが思い浮かびません。野球であれば打率であったり防御率であったり出塁率であったり、毎年のリーグ戦でのデータが蓄積されていて、ある程度、多くの人を納得させられることも出来るでしょう。そのような客観的なデータが、美人コンテストにおいても存在するのでしょうか?


>普段はまわりに敵も多いイチローが、日本代表で優勝したら拍手喝采ですし、ジャンルは違うにせよ総じて、背負うものも含めた「日本代表力」の違いじゃないですかねぇ?

 東京ラウンド第一戦でのイチローの不振を受けて、当時のmixiあたりでは相当なイチロー批判(主に更迭論)がなされていましたが、続く韓国戦でのコールド勝ちの後は掌を返したような讃え方でした。優勝してみれば、イチローの決勝打への絶賛。週刊誌記事やスポーツ新聞の見出しも同様でした。WBC日本代表には、貴方の言うような「日本代表力」というものがあるのかもしれませんが、他人の努力にただ乗りして、叩いたり誇りに思ったりと忙しい人達に対しては、何か依拠する原則なり価値観なりがあって言っているのかと問いたくもなります。そういう人達の、その場その場で何とでも変わるような言動、或いは無いもの強請りや御都合主義に付き合って右往左往する必要が、当のWBC日本代表選手やミス・ユニバース日本代表にあるのでしょうか?

 ミスコンは、何もミス・ユニバースだけではありません。美の基準にしても、ミス・ユニバースが絶対の基準という訳ではありません。どこにあるかも分からない「日本人の多くが胸を張って支持」できるような美の基準を模索するよりも、自分の美的感覚とは違うものが世の中には存在するということを認める器量を持ち、自分と世界が未分化なままという幼い認識を超えることの方が重用だろうと思います。
Posted by sok at 2009年04月09日 19:54
選んだ 審査員は 白内障 老眼 アキメクら 強度の 乱視系近眼 どんな ひいき目で 見ても 典型的な 沖縄の 色黒
芋にしか 見えない 世界の 美人は 皆
死んでいないようだね 日本人には 華が足りない 全てが貧弱 もしかして 町一の コンテストでは どうあがいても 
白人に適うわけないだろうに それとも
白人の 黄色人種 悪趣味 人生は 不愉快だ 全く 納得できんな
Posted by ももこ at 2009年04月15日 12:13

つい先日テレビで目にした彼女、ふだんバラエエティー番組とか、芸能ニュースとかにほとんど興味を持たない私ですが、そのコーナーはきちんと見てしまっていました。
なぜか・・・・・気になる存在だから。

発見がありました。彼女、少し田舎っぽいというか、飾らないところがあって、それを少しも恥じていないというか、はっきり言ってしまえば、『都会に出て来た田舎者が頑張って都会っ子ぶってる』ようなところがなくて、自分があって、なにか感じがいいです。好感度120%!!

頑張って都会っ子になりきったつもりになってる人も、まあいいと思いますよ、それなりに。でも私としては好きにはなれませんね。勝手に頑張れば〜って感じかな。

で、コンテスト。
技術、練習、訓練、作戦、色々有るみたいですね。それで勝つということになにを文句言ってんだかあほらし過ぎませんか。現実に勝った彼女がそこにいるということ。それが事実です。卑怯な手を使ったのでしょうか??

素直に受け入れられなければシカトするか、研究して自身の今後に生かすとか考えたほうがいいと思います。

ちょっと偉そうなことを言ってみますね。
それがルールにかなうなら勝つための作戦は必要不可欠です。精神論だけ、建前論だけでは世界で勝てません。日本人は美し過ぎます。それを大切に守り続けることになんの異存もありませんが、勝つという事もまたとても大切なことなのです。むしろその方が大切と言うべきかもしれません。
世界の政治の陰ではMI6、CIA、モサド、KGB その他各国の諜報機関がうごめいています。日本の公安など赤子にも劣る程度なのだということを我々国民はもっと自覚しなければなりません。

三宅のおじちゃん、なんかナマ言っちゃってたみたいですね、当時。
金美麗おばちゃん、いつもマフラー変ですよ〜!!
おまけ、田島陽子は嫌いです。
Posted by crcr at 2009年04月15日 20:44
 crcrさん、コメントありがとうございます。

 ルールに則って優勝した者を批判するのであれば、相応のロジックが必要だと思いますし、それを説明して欲しかったという気持ちもありましたが、残念ながら当時は誹謗中傷の類しか見かけませんでした。批判者達は、ミス・ユニバースの美の基準(への反発)に囚われ過ぎという感がありました。

 美の基準は多様であり、他のコンテストに参加する者は、別の技術や作戦が求められるでしょうし、そのための訓練をすることでしょう。見る者もまた、自分の価値観に合ったものを見つけ、時々は自分の価値観とは違う世界があることを確認する、そういう緩い付き合い方でいいではないかと思います。貰えるものは貰っとけ、とはいかないものなのか。
Posted by sok at 2009年04月20日 00:00
ミスワールド=美人顔と思ってた一般人が疑問に思って批判したのだろう。

ところで、これが美しいと思えるか?
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/entertainment/stage/283270/
これがミスワールドの実態だ!
日本の着物(民族衣装)を汚すな!!と、言いたい。
これで、世界一になっても嬉しくない!!!!

そして、残念ながら? 2009年のミス・ユニバース世界大会では
日本代表は上位入賞ならなかったようでなによりです。
Posted by 通りすがりのもの at 2009年08月25日 13:31
好みじゃないけど、優勝おめ。

で いいんじゃね?

審査員に白人が多いのはしょうがあんめえよ。

そしたら、白人好みが優勝すんに決まってっぺよ。

日本の誇りを背負う、なんていう、大会じゃないことは、白人の皆さんも知ってっぺよ。
Posted by こらこら at 2009年08月25日 17:13
通りすがりのものさんへ

 何かと思えば、宮坂絵美里さんのナショナルコスチュームの件ですか。で、それがこの記事と何か関係があるのでしょうか?

 今大会で批判者達が問題にしていたのは、「下品」な衣装でしょう。その「下品」さとは、黒地の和服の前を両手で摘まんで広げて、鮮やかなピンクの下着を見せつけている例の写真の格好のこと。そのような「下品」な振る舞いを国際的に注目を集める大会やショーで行うことで、日本や日本人に対する偏見や誤解を与えるのではないかといった懸念でしょう。で、それに類することが、本記事で取り上げた2007年大会のどこで行われたというのでしょうか?


>ミスワールド=美人顔と思ってた一般人が疑問に思って批判したのだろう。
>ところで、これが美しいと思えるか?

 1行目は、日本代表の容姿への批判(※)。2007年大会でネット世論がぶつけていたのも、前提を無視した根拠の無い容姿への非難が主でした。で、その一行目「だろう」の根拠として挙げているのが、2行目に続く3行目のリンク(例の写真)。これは上述のように衣装と衣装の見せ方に対する批判です。

 しかし、顔への批判の理由として、衣装や振る舞いを例示しても、それらは直接の根拠とはなりませんし、また、2009年の衣装を理由に、2007年のネット世論の行き過ぎた非難を擁護できるものでもありません。

 なお、麻生首相を表敬訪問した際の写真を見る限り、個人的な好みはともかく、一般的に言っても美しい容姿だと思います。人それぞれ、表現方法に関する戦術的意見はあるでしょうが、容姿に関する論評としては今回も今のところ一理あると感じさせるようなものは目にしていません。

(※)厳密には、美の象徴としてのミスユニバースという権威(の押し付けと感じるもの)への批判なのでしょうが、その間を架橋する論理が示されていません。


>これで、世界一になっても嬉しくない!!!!

  (´・ω・`)<知らんがな
Posted by sok at 2009年08月26日 00:51
 こらこらさん、コメントありがとうございます。

 大らかに見た方が、こういう大会は楽しめると思います。興味が無ければ見なくてもいいし、衣装や表現の仕方に問題があれば、その点を指摘すればいいのに、皆あれこれと気負い過ぎ、混同し過ぎだと思います。
Posted by sok at 2009年08月26日 00:57
>大らかに見た方が、こういう大会は楽しめると思います。興味が無ければ見なくてもいいし、衣装や表現の仕方に問題があれば、その点を指摘すればいいのに、皆あれこれと気負い過ぎ、混同し過ぎだと思います。

興味ないけど、見てしまったのよ。
だから指摘したのよ。

なんだかとっても難しいブログ、場違いなブログに書き込んでしまったようで、失礼いたしました。



Posted by すがり at 2009年08月27日 00:59
森理世さんは、世界大会のときのスタイルはずばぬけていたと感じます。顔もとても素敵でした。実際、日本に帰ってきてからの理世さんは、ちばなさんの方がきれいだなとか思いましたが、大会でいえばちばなさんや今年のミスに比べると大変魅力的で興味引かれる輝きがありました。今日もたまたま、森理世さんの大会の写真をみていてこのサイトにきました。
Posted by rion at 2009年09月12日 17:14
海外では、日本人はアイドルによくいるソース顔よりも、黒髪の似合う、シンプルなしょう油顔の方がモテるんですよ。日本では理世さんは際立って美形ではないかもしれませんが、メイクしたときの顔がものすごくコケティッシュでエキゾなチャーミングさなんですよ。だから、美形という視点ではなく、ダンスなどのパフォーマンス力も素晴らしかったので一つの芸術という視点で評価されたんだと思います。欧米人がアジア人の女性を漫画に描いたら、まさしく理世さんみたいな顔になる、アレです。(キャセイの座席のエマージェンシーの動画のようなアレ) 女性で海外のバービー人形を集めていた人なら、この魅力がわかるはずなんですよね。
Posted by みいこ at 2010年03月13日 10:58
 rionさん、みいこさん、コメントありがとうございます。

 個人的には、森さんも美馬さんも動きのある映像で見ると、より綺麗な印象を受けましたし、宮坂さんに関しても官邸訪問時の姿からは、プロデュースの仕方次第ではネット世論にも受けそうな気がしました。
Posted by sok at 2010年03月25日 02:16
 私はミス・ユニバース大会が好きで
(美という高尚な目的に向かって、若い人が努力するということは素晴らしいことだと思います。)

動画サイトで良く大会の様子を拝見しますが、ドレスコードのあたりから誰が優勝するか大方当てられます。
大方というのは1、2位争いになると最後の質疑応答が大きく優勝を左右するからです。

前置きが長くなりましたが、要するに私は自分の審美眼に自信があります。
(ちなみに、柴咲コウさんがポンズのCMにちらっと出ていたときからファンでしたし、北川景子さんもセーラー・マーズ時代一瞬みただけで心に残りました。以後の活躍はみなさん御覧の通り。)

さて、2007年大会の森理世さん。
彼女は文句なしに素晴らしかった!

最後の質疑応答も他の候補者から抜きんでていました。

審査員の全会一致は、私にとって世界大会の意義をますます高めるものとなりました。


日本で大会を広く中継し、実際の模様を国民の皆さんが目にしていれば、ここまで非人道的な誹謗中傷が広がることはなかったと思います。

逆に、手に汗を握り、彼女を応援した方も大勢いらっしゃったはず。

私がアメリカから帰国して思ったことですが、日本は情報の公開が少なく、偏りがあるように感じられました。

これは私も出国する前は気付かなかったことです。

私達は知らない間に、選ばれた情報のなかで、他人の思考に安易に同調しているのではないでしょうか。

些細な一言でも、私達の住む世界に波紋を残します。たとえ独り言でも自分に大きく影響します。

私達の一言一言が世界を創っていくのです。

物事の全てや真実を知ることは不可能ですが、
他人の言うことを鵜呑みにせずに
情報を集め、よく考え、その考えが自分の理想とする自分や世界にふさわしいかどうか考えてから発言するべきではないでしょうか。

sokさんの理性的で思いやりのある記事、
コメントに対する誠実な応答に心より拍手をおくります。



Posted by さやか at 2010年04月28日 18:04
 さやかさん、コメントありがとうございます。


>私達は知らない間に、選ばれた情報のなかで、他人の思考に安易に同調しているのではないでしょうか。

 一人一人の好みや思ったことがウェブ上で可視化され、「自分だけが感じていたことではなかった」と確認され合う中で、どのように叩いても問題ない対象として認識されていったのだろうと思います。誰もが非難するということは、自分が非難しても自分は非難されないだろう、と。

 けれど、そうして非難をする前に、前提となる事実について何故検討しなかったのか。森さんの件でいえば、彼女は一体何と比較して駄目なのか、その比較の仕方は妥当なものなのか、大会自体への批判と個人への人格攻撃を混同していないか、など。自分が何故そう感じたかを掘り下げていけば、あれほど醜悪な誹謗中傷には至らなかったかもしれません。

 ネット上の言論に同調作用があるのなら、反対の同調作用で中和されることがあってもよさそうなのに、そうした作用は本当にか細くて、なんだかなぁと思うことが多かったです。いや、「優勝は、森さんではなく、○○代表の□□さんだろう。なぜなら…」とか「そもそもミス・ユニバースは…」とか、そういう意見だってあっても良かったと思います。
Posted by sok at 2010年05月09日 13:54
さやかさんと同じ私もミスユニバースがで見ています。1位2位を当てる眼力はなですが、、りよさんのクラウンでミスユニバースは年々過酷というか、いろんな面で変になっていますよね毎年行われていますが今回1位になったことであまり関心が無かった人も関心がむくようになったんだとおもうのですが?私が特に良かったと思うのは 民族衣装イブニングドレスでのウォーキングインタヴューでの答えです悔いのいように120%ぐらいのパフォーマンスがすごく象に残りどの衣装を着ても綺麗でしたでもすごいことですよねやはり1位ということは、、。これだけ世間をにぎわせるし大変なんだということ、、。
私だとつぶれてしまいそうになりますよ




Posted by りよファン at 2010年05月21日 02:28
こんにちは。私は同じ日本人として、日本人の感性の乏しさや、幼稚さが恥ずかしくなるときがあります。現代音楽一つにしても音域から感性に訴えかけるもの、伝わるものが少ないというか…TVドラマにしても...島国という歴史がそうさせるのかもしれませんが。いい面もあるんですがね。
 話はズレましたが、例えば同じ2007年の韓国のハニー・リーなんて、顔だけ見ればものすごく美しいですよね。でもあのアジア平均のボディラインと背では、海外のモデルとは肩を並べられない。そして従順すぎて女のトップを張れるだけの雰囲気、タフネスが感じられない。お顔の品がよく端正すぎて、一流ブランドのモードな服が似合わず着こなせない..たくさん欠点もお持ちです。  
美というものはトータルで見るものだと思います。リヨさんのボディラインって、エリートモデルにも引けを取らないくらいの美しさです。 バレエをしていただけあってしなやかな体つきと姿勢です。お尻の形もセクシーだし。どんなファッショナブルな洋服だって着こなせる。うらやましいですよ、同性から見ても。
ミスユニバースの名前を汚さないため、審査員だけの判断じゃなく、裏にいる一流のプロデューサーたちの判断もあって選ばれているわけですから、やはりなるべく人がなっているのです、誰が何と言おうと。でも美白と萌えとAKBが美の基準の国、日本ではなかなか理解されない...   
リヨさんだって自分を100%美しいなんて思ってるわけじゃないと思いますよ。彼女自身留学していて美の多様性をわかっているから。どちらかというと、自分の努力と人生に自信がある人だと思います。事実、彼女はとてもセンスあるユーモアを言える、ユニークな人です。彼女を頭悪いとか言う人って、お勉強しかしてない公務員ですか? って思っちゃう。
絵画だって、正しい技法で描いた絵だけが評価されるのではない。黒人のグラマラスな美しさというのもある。とにかく誰かが右といえば右を向くばかりでなく、多種多様ということをもっと知ってほしいと思いますね、未来の日本の人には。
私はリヨさんでなくとも、人として、目標を達成するにあたって、棚からぼたもちではなく、おさえるところはしっかりおさえて、且つ内面からもオーラを出せるだけの努力を積んできた人が、国、男女問わず好きです。
Posted by みいこ at 2010年06月04日 21:13
森理世さんが優勝したのは彼女が頑張った結果で有りそれを非難するのは筋が違う。
そこまで非難をするのならば、「ミス・ユニバース」世界大会事務局に直接苦情を入れたらいいじゃないか! と思うが。
Posted by ファルコン at 2011年11月12日 23:33
あまりに長くて読みきれないので、自分の感想だけ書きます。この前ある番組で森理世さんが出てましたが、とてもチャーミングな女性だと思いました。ミスユニバースの舞台裏も話していたり、実際の舞台でのパフォーマンスの映像もありましたが、かっこよかったす!ミスユニバースになれたのも納得しました!他の出演者も総じて森さんに賛辞をおくっていました。
Posted by もりっち at 2011年11月17日 12:53
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【ミスユニバース】au、10月27日秋冬モデル2008発表!
Excerpt: 世界1位「森理世」、世界2位「知花くらら」、世界TOP15入り「美馬寛子」が登場しての新モデル発表会ですよ〜。
Weblog: auとか馬とか
Tracked: 2008-10-20 21:24
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