本稿では6月2日と3日の各報道を眺めて見る。(1)脱北者4名に関する基本情報、(2)かたことの日本語や中国語理解がどのようなものなのか、(3)食糧事情に関する供述、(4)脱北者支援団体関係者など識者のコメント、(5)今後の脱北者への対応の仕方、(6)小型船が海上保安庁のレーダーで捕らえられなかったこと、(7)日本に漂着した理由、(8)所持していた毒薬に関する情報、(9)「麻袋」の記述、(10)対馬海流の説明など。なお、文中の強調部分は全て当方によるものである。
2007年06月02日
(02日東京夕刊)毎日:「脱北者」:ボートで漂流、4人保護−−青森・深浦港(Web魚拓)
漂着ボートの第一発見者は、近くにいた釣り人。時刻は、4月2日午前4時15分頃。保護を求めていた脱北者4名。毒薬所持との情報あり。ネット上で脱北者の言動が注目されているようなので、上記毎日記事から脱北者発言部分を抜き出す。
>朝鮮語で「自分たちは北朝鮮から来た」と話し、北朝鮮に対する不満などを話しているという。
>かたことの日本語で「新潟はどっちか」と尋ねたという。
>当人たちは『私たちは家族で夫婦と息子2人。北朝鮮から逃げてきた。食料に困っている』と話していた」という。
なお、この記事には外務省筋として「4人が脱北者なら、不法入国に当たるので法務当局で難民認定を検討するが、認定の見通しは厳しい。その場合、第三国への送還を検討する」との記述がある。
(02日東京夕刊)毎日:青森・深浦港「脱北者」保護:「北朝鮮から来た」 運動着姿、疲労の色(Web魚拓)
こちらの毎日記事では脱北者支援団体などのコメントが読める。体裁は当方で整えた上、それぞれ引用する。
北朝鮮難民救援基金 加藤博理事長「地理的なことを考えると、中国よりはロシアから船などで来た脱北者ではないか。数年前には秋田港にロシアの貨物船で入ってきた脱北者もいた。北朝鮮からロシアに仕事で出かけた住民が、そのまま逃げてきたことも考えられる」
北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会 三浦小太郎代表「中国で何らかの事情により、領事館などに連絡を入れられなかった脱北者が船を使って日本に来たのではないか」
脱北帰国者支援機構 坂中英徳代表「北朝鮮から直接出国することは警備上難しい。仮にそうなら国として不安定な状況をうかがわせる。もし直接日本を目指して来たのなら脱北の新たなケースと言えると思う」
早稲田大学 重村智計教授「中朝国境の警備は厳しく、脱北が難しくなっているため、北朝鮮から直接来たことも考えられる。今の時期は日本海も波が穏やかで、気候が幸いして海流に乗って日本にたどり着いたのではないか」
(02日14時36分)読売:脱北?の4人、政府に保護求める(Web魚拓)
こちらの読売記事では、法務省による脱北者4名への今後の対応が、場合分けして説明されている。
法務省によると、保護された4人が脱北者だと確認された場合、かつて在日朝鮮人と結婚して北朝鮮に渡った「日本人妻」なら、日本国籍を保有し、日本滞在が認められる。元在日朝鮮人の場合も、過去に永住権を持っていたため、滞在が認められる可能性がある。
北朝鮮国籍の場合、経済的困窮を理由に脱北した「経済難民」であれば保護義務はないが、法務省幹部は「人道的見地から保護が必要と判断すれば、法相による在留特別許可や上陸特別許可で、国内滞在を認めることもある」としている。
一方、政府関係者は「最近、日本に不法滞在して摘発された中国北東部の朝鮮族が『脱北者だ』と主張する事例が多い。朝鮮語を話すが、調べると中国人だというものだ。本当に脱北者なのかどうか見極めが必要だ」と指摘している。
(02日15時06分)産経:青森に国籍不明の船 男性3人、女性1人が乗船(Web魚拓)
産経の初報。生活苦に関する供述や毒薬所持の事実のほか、過去のボートピープルの事例などが紹介されている。
(02日20時41分)毎日:<脱北者>海保に衝撃 小型木造船でレーダー捕らえず?(Web魚拓)
ネット上では、海上保安庁が脱北者が乗ってきた木造小型船を補足できなかったことから、脱北者を装った工作員の可能性が注目されている。上記の毎日記事では、海保の巡視船の能力や幹部の言い分などが紹介されている。
海保は、99年の能登半島沖不審船事件をきっかけに、速力・航続距離を大幅に伸ばした高速特殊警備船を導入。11隻が就役し、日本海を中心に哨戒活動を続けている。また新潟県や福井県の原子力発電所にはテロ対策として巡視船を常駐させてきた。
巡視船は通常、半径約45〜90キロの範囲を映すレーダーを使って不審な船がないかを捜索している。しかし、船の高さが低い船や小型木造船はレーダーに映りにくい。漂着船は、長さ約7・3メートル、高さ約1メートルと小型だったため、捕捉できなかったとみられる。
今回の漂着船は事件後の海保の捜索でも大型の母船の影がなかったため、小型船は単独で青森県に漂着したとみられる。海保幹部は「今回は不審船ではないようだが、詳しい経路を調べるなど情報を集め、今後に生かしたい」と話している。【長谷川豊】
(02日20時48分)毎日:<脱北者>青森に漂着の男女4人、北朝鮮の公民証を所持(Web魚拓)
脱北者4名の年齢と性別、小型船の形状といった基礎情報に関して、この記事が2日の時点では最も詳細な報道だった。少し長めに引用する。
4人は北朝鮮の公民証を所持しており、県警などの調べに対して「北朝鮮には人権がないので出国を決めた。はじめは韓国へ行く予定だったが、軍事境界線の警備が厳しいので、日本に向かった」と供述。警察と入管当局は、脱北者とみて入管法違反(不法入国)の疑いで取り調べている。
青森県警によると、4人は家族で、50歳代後半の父、60歳代前半の母、30歳代の長男、20歳代後半の次男。
4人が「一時庇護(ひご)のための上陸許可」を希望した場合、法務省は認める公算が大きく、その場合、国内に制限付きで半年間滞在できる。また、韓国など第三国への移住を希望した場合、外交ルートで出国を調整することになる。
4人は通訳を介して朝鮮語で調べに応じており、「5月27日に北朝鮮の港を出た」「清津(チョンジン)付近から出航した」と話している。発見された際は、発見者の釣り人に、片言の日本語で「ニイガタはどっちか」と尋ねたという。
また、アンプル入りの毒物とみられるものを持っており、県警などで詳しく調べている。
小型船は、木造で、長さ約7.3メートル、幅約1.8メートル、高さ約1メートルで、老朽化していた。
また、4人と北朝鮮の工作機関とのかかわりについて警察当局は、4人が武装していない▽小型船はこれまでに見つかったようなスピードの出る工作船でない−−などの点からかかわりはないとみている。
2007年06月03日
(03日01時48分)読売:脱北者4人「韓国に行きたい」と供述(Web魚拓)
上記読売記事でも先の毎日記事と同様、4人の脱北者の供述が紹介されている。青森県警の事情聴取に対して「最初は韓国に行こうとしたが、国境付近の警備が厳しいので、日本の新潟に向かった。4人で韓国に行きたい」と朝鮮語で供述しているという。「夫婦と子供2人の家族で、父親は元漁師、息子が漁師をしている。生活が苦しくて北朝鮮を出てきた」とも供述しているとのこと。また、「中国語や日本語を多少理解する人もおり、5月27日に北朝鮮北東部の清津(チョンジン)付近を出たと話したという。」ともある。所持していた毒薬についての記述は引用しておく。
武器類は所持していなかったが、毒薬とみられる薬品を所持。男性の1人は「北朝鮮当局に見つかったら、飲んで死ぬつもりだった」と説明した。警察当局で成分の分析を急いでいるが、工作員が使用する毒薬とは異なっているため、当局では「説明の通り、工作員などではなく、純粋に脱出を目指したのではないか」とみている。
(2007年06月03日)毎日:脱北者保護:静かな漁港、騒然 「よくあんな船で」 /青森(Web魚拓)
地元民の反応と感想。脱北者のボートなのか不審船なのか、そういった当初の戸惑いを窺わせる漁協関係者の証言あり。ボートの形状については「船は古びた木製で、大きさは長さ約7・3メートル、幅約1・8メートル」「黒い木製の小さな船」とのこと。
(03日東京朝刊)毎日:<青森・脱北者保護>4人「人権なく生活苦」 韓国行き希望(Web魚拓)
毎日新聞社による6月3日時点でのまとめ記事その1。大部分は既に取り上げている内容なので省略。脱北者家族の職歴に関して「両親は無職で息子のうち1人は北朝鮮で漁師をしていた」と話しているという記述あり。安倍首相のコメントを引用しておく。
◇首相「適切に対応」
安倍晋三首相は2日午後、脱北者の男女4人が保護されたことについて、視察先の滋賀県高島市で記者団に「よく事情を聴いてみなければいけない。入管当局などで適切に対応していくことになる」と、政府としての対応を語った。政府は人道措置として、状況に応じ一時庇護(ひご)のための上陸許可や在留特別許可を検討する見通しだが、政府関係者によると、まず(1)4人が北朝鮮の公民証を所持していたことから、北朝鮮の国民か外交ルートを通して同国に照会する(2)今後どうしたいかを4人に確認する−−との手続きを踏むという。
(03日東京朝刊)毎日:<青森・脱北者保護>「5月27日に出港」/潮に乗り漂着か(その1)(Web魚拓)
毎日新聞社による6月3日時点でのまとめ記事その2。木造小型船発見時の様子などをドキュメント形式で紹介している。大部分は既に取り上げている内容なので省略。ネット上で注目されていた「麻袋」に関する記述を発見したので、その部分と万景峰号絡みの記述も併せて引用しておく。
寄港したのは同7時すぎ。4人は日焼けし疲れた様子だった。港近くに住む主婦(46)によると、接岸直後、4人のうち一番年配の男性が小型船の中から、警察官にバッグや積んでいたエンジンなどを見せていた。この間、他の3人は上陸して岸壁に座り込み、住民が菓子と水を与えると、水だけを飲んだ。4人ともおとなしく、女性はおびえたように近くの住民らを見回していたという。
一方、県警と青森海上保安部は午前10時20分から、港から車で約30分の距離にある県警鰺ケ沢(あじがさわ)署で船の実況見分を行った。船には燃料のほか、エンジンやペットボトル、麻袋などが積まれ、船体の左右には6〜7けたの数字が赤ペンキで書かれていた。
◇なぜ「ニイガタ」−−万景峰号などで、なじみ?
青森県の港に小型船で着いた脱北者4人は、第一発見者の釣り人に「ニイガタ」と話したという。
新潟港(新潟市)は日朝両国赤十字などが主導した北朝鮮への帰還事業の拠点となり、1959〜84年に約9万3000人が帰国。また、71年からは北朝鮮の貨客船「万景峰(マンギョンボン)号」が寄港し、北朝鮮の元山港へ祖国の親族を訪ねる在日朝鮮人や貨物を運んできた。4人が新潟港を目指していた理由は不明だが、こうした経緯から地名を知っていた可能性もあるという。
(03日東京朝刊)毎日:<青森・脱北者保護>「5月27日に出港」/潮に乗り漂着か(その2止)(Web魚拓)
毎日新聞社による6月3日時点でのまとめ記事その3。ここでは木造小型船のスクリューや対馬海流に関する記述を引用する。
◇波、最も穏やかな時期−−深浦まで850キロ
脱北者の家族4人が乗って来たのは、小さなエンジンを積んだ古い小型船だった。目撃した地元の深浦漁協関係者によると、スクリューは直径10センチほど。なぜ、これほど貧弱な船で日本までたどり着けたのか。専門家は潮の流れや気象条件を挙げる。
日本海は、中国大陸沿岸の「リマン海流」と日本列島沿岸の「対馬海流」が、反時計回りに循環している。99〜02年に日本海でブイを漂流させる実験をした平啓介・東京大名誉教授(海洋物理学)によると、朝鮮半島沿岸の漂流物はリマン海流に乗って一度南下し、日本と半島の中間点付近から北に向きを変える。対馬海流は青森沖で枝分かれし、津軽海峡を抜けるルートに乗れば、自然と陸に近付くという。
船に詳しい日本財団の山田吉彦・広報チームリーダーは「経験豊かな漁師が乗っていたのでは」と推測する。実際、青森県警の事情聴取に男性の一人は「漁師をしていた」と答えた。
冬場は波が荒い日本海は4月まで北西の風が強く、夏は台風の影響も受ける。山田氏は「6〜7月が最も穏やかな時期であることを知っていたはず」と話す。
出発地とされる北朝鮮・清津港から深浦港までは直線距離でもおよそ850キロ。「沿岸漁業用とみられるあの船では、時速10キロ程度しか出ず、2〜3メートルの波で沈没する。東にまっすぐ向かっても、1週間程度はかかったろう」
気象庁によると、5月30日夜から今月2日にかけて、日本海は波の高さ1メートル前後、風速10メートル以下の比較的穏やかな天候だった。ただ、霧が断続的に発生し、能登−秋田沖では、見通しが500メートル以下になる濃霧警報が出ていた。
一方、深浦漁協の関係者は「この地域には浅瀬がほとんどないので、接岸しやすかったのかもしれない」と話した。
(03日20時15分)時事:「万景峰号」の新潟目指す=「北は人権ない」とも−青森漂着の4人・県警(Web魚拓)
3日の時事通信記事には、脱北者4名のこれまでで最も詳しい職歴が記載されていて、「パン」や「コンパス」に関する記述も見られる。短い記事なので全文を掲載する。
青森県深浦町の漁港に2日、小型船で入港した脱北者とみられる男女4人が、県警の調べに対し「万景峰号が行き来する日本の新潟を目指した」と話していることが3日、分かった。また「北朝鮮には人権がない」とも供述。県警は4人を五所川原署で保護し、引き続き不法入国の経緯などについて事情を聴いている。
4人は、50代後半の男性と60代前半の女性の夫婦と、その子供の30歳ぐらいと20代後半の兄弟で、北朝鮮にほかの家族は残していない。夫は元漁師、妻は無職、兄は専門学校生、弟はタコ漁師で操船資格を持っている。乗ってきたのは、弟が普段の仕事のために苦労して購入した船で、弟の収入で一家を細々と支えてきたという。
調べに対し、4人は「自由を求めてきた。北朝鮮には人権がない」と動機を説明。北朝鮮での暮らしについて「生活は苦しく、1日置きぐらいにパンを食べるのがやっとだった」とし、「清津から韓国に行くつもりだったが、警備が厳しくて難しいと思い、出港時に万景峰号が行き来する新潟を目指した」と話している。コンパスを頼りに航行してきたという。
(03日21時03分)産経:青森漂着の4人「新潟目指した」 日本に知り合いなし(Web魚拓)
産経記事でも先の時事通信社の記事とほぼ同内容が書かれている。日本に知り合いがいないこと、毒薬について殺鼠剤であると供述している点などが目新しい情報か。以下、脱北者の供述部分だけを順に抜き出してみる。
「(貨客船)万景峰号が行き来する新潟を目指した。日本に知り合いはいない」「生活が苦しく、1日おきぐらいにパンを食べるのがやっとだった」「自由がない。人権が保障されている国に行きたい」「韓国に行くつもりだったが、警備が厳しくて難しいと思い、(地名を知っている)新潟にした」“北朝鮮の清津をタコ漁用の木造船で5月27日に出港したが、最初の4日間は悪天候が続き、船にしがみついていた”「途中で何隻かの船と擦れ違った」「陸地が近づくにつれてほっとした」“持っていた瓶入りの液体は「ネズミを殺すための薬」”「北朝鮮当局に捕まったら飲んで死ぬつもりだった」「二男が操縦資格を持っているので苦労して船を購入し、タコ漁の収入で一家をほそぼそと支えてきた」
(03日23時47分)読売:脱北の4人、韓国移送へ…両親・兄弟と確認(Web魚拓)
上記の読売記事では、韓国行きを希望している脱北者の意思を踏まえて、日韓両政府が韓国への移送で基本的に合意したことを報じている。宋旻淳(ソン・ミンスン)韓国外交通商相の記者会見発言や安部首相の街頭演説での発言も紹介されている。記事末尾には「韓国に行くつもりだったが、警備が厳しくて難しいと思った。日本に知り合いはいないが、万景峰号が行き来する新潟を目指した」とある。日本経由で韓国に行くつもりなら知り合いのいない新潟を目指すのも不自然ではないようにも思えるが。
明日の日記に続きます
某匿名巨大掲示板における初期報道への反応は『痛いニュース(ノ∀`)』さんのエントリーで御確認下さい。
(2007年06月02日)痛いニュース(ノ∀`):青森深浦港に国籍不明の不審船 北朝鮮からの脱北者か
※本エントリーは6月6日13時00分に公開しました。時系列の都合上、前日の頁に公開しています。