2007年04月05日

渡辺秀子さん母子失踪事件 4月5日のテレビ報道

 渡辺秀子さん母子失踪事件に関して、ネット上で閲覧可能な新聞社・通信社報道以外が、どのように本件を報じていたのかを確認したく思い、2007年4月5日のテレビ報道を3番組分、テキスト起こししました。各動画は『檀君 WHO's WHO』さんでダウンロードできました(現在は不可)。誤字脱字、間違いなどありましたら、御指摘よろしくお願い致します。確認の上、訂正致します。アナウンサーの敬称は省略しています。


ANN スーパーモーニングWikipedia) 番組放送時間8:00〜9:55
ANN スーパーJチャンネルWikipedia) 番組放送時間16:53〜19:00
JNN 筑紫哲也 NEWS23Wikipedia) 番組放送時間22:54〜23:50


2007年4月5日 スーパーモーニング

テロップ:北朝鮮が2児童を拉致か

赤江珠緒:え、続いては番組の冒頭でもお伝えしましたが、北朝鮮による新たな拉致疑惑です。え、6歳と3歳の姉弟が34年前に失踪、これも拉致の疑いが非常に強まっています。


【VTR】

秀子さんの妹 鳥海冏子さん:子供たち2人は、元気で向こうで(北朝鮮)生活しているんじゃないかっていうこと思って想って、ずっときたんですけど…。

ナレーション:今から34年前、1人の日本人女性と幼い子供2人が忽然と姿を消した。女性の夫は在日朝鮮人。そして、夫は妻にある事実を隠していた。

鳥海冏子さん:スパイって言葉で、スパイなんだって(テロップは「スパイと言っていた」)。

ナレーション:夫はある日、突然姿を消し、その後、妻は殺害され、子供達は北朝鮮に拉致された疑いが強まっている。34年前、この家族の身に一体何があったのか。1973年12月、家族に何も告げずに突如姿を消したのは、渡辺秀子さん、当時32歳。そして、長女の敬美ちゃん6歳と長男・剛くん3歳。父は在日朝鮮人の高大基氏で、3人の母子が姿を消す半年前に失踪していた。今から9年前の冬、北海道帯広市に住む渡辺秀子さんの母、ゆきよさんの元を訪ねた(ABC 石高健次)。ゆきよさんは忽然と消えた娘、そして2人の孫からの便りを25年も待ち続けていた。

1998年 渡辺秀子さんの母 渡辺ゆきよさん:もう二十何年も経ってしまったし、私も、もうお互いにね、それこそ、この子ら元気でいるものか死んでるものか分からないしさ、毎日案じてはいるけどもね。やっぱし、どうすることも出来ないんですよね。

ナレーション:1941年、釧路で生まれた秀子さんは18歳で家族の元を離れ、オホーツク海に面した港町の飲食店で働き始めた。

当時 秀子さんが働いていた店のオーナー(女性):ああ、いた、この人。何ちゅう名前だったかな。

ナレーション:この写真は秀子さんが20歳の時のもの。町の美人コンテストで優勝するほどの美貌の持ち主だった。

当時の秀子さんを知る人(男性):これ(源氏名は)ヒロコって言ったんでねえかな。ヒロミかな。ヒロミかヒロコってった。きれいだったよ、この人。きれいだったよ。

ナレーション:この店で働いていたであろう時期に、秀子さんはある男性と恋に落ちた。

鳥海冏子さん:(相手の男性は)無口で、ほんとに(家に)来てもあまり話をしない、ちょっと怖い感じでしたね。

ナレーション:男性の名前は高大基氏。秀子さんより14歳年上の在日朝鮮人で、翻訳の仕事をしていると語っていたという。

鳥海冏子さん:姉の口から九州の大学出てるんだとか、教員免許があるとか、頭が良いんだよって、そんな話をしていましたね。

ナレーション:2人は1967年に結婚し、埼玉県上福岡市で生活を始めた。暮らし向きは豊かで、2人の子供にも恵まれた。敬美ちゃんと剛くん。

鳥海冏子さん:夏、遊びに来ても、結構、まあ、優雅に、お金は持ってるなっていう感じは分かりましたね。

近所の人(女性):(子供たちは)一番いい幼稚園に入れて、子供の上を結わえてね、すごくかわいい格好をしてね、それはすごくぜいたくな生活をしていましたよ。

ナレーション:故郷を遠く離れて手に入れた幸福。しかし、秀子さんが知っていた夫の姿は、高大基という人物のほんの一部でしかなかったのである。

近所の人(女性):サングラスはめたり、顔、帽子を深く被ったりするっちゅうのは、ちょっと変だなって風には思っていたんですけれども。会社に行ってるとか出張が多いとか、夜はいずれにしても12時とか1時頃、車で帰って来て、それでそのままおうちに入っていった感じ。

ナレーション:やがて秀子さんは夫の秘密を知ることになる。

鳥海冏子さん:スパイっていう言葉で、スパイなんだって(テロップでは「(夫は)スパイだと言っていた」)。

ナレーション:夫はスパイ…。秀子さんはかなり悩んでいたという。そして、1973年夏。秀子さんと子供2人は帯広の実家に里帰りした。家族はある異変に気付いていた。

鳥海冏子さん:あの時、最後、ほんとに姉は、すごく痩せてきたんですよ。悩んでましたね。あの時は。

ナレーション:実はこの時、夫の高大基氏は姿を消していたのである。そして、いなくなる前、高氏は1200万円の小切手を秀子さんに渡して「子供と一緒に帯広で暮らしなさい」と言い残していたという。

1998年 渡辺ゆきよさん:もし本人がね、やっぱし北海道で暮らすより東京でね、親子(4人)で暮らしたいようなことを言うてね。

ナレーション:夫の言う通り帯広で暮らすべきか悩んだ秀子さんは、実家近くの神社で占ってもらっていたという。

鳥海冏子さん:どんなことがあっても「あなたは、この旦那さんについて行きなさい」って言われて、姉はもうそれで決めちゃったんですね。

ナレーション:その後、秀子さんは9月になって子供を連れて、埼玉に帰って行ったという。この後、家族が秀子さんの姿を目にすることはなかった。

1998年 渡辺ゆきよさん:帰ってったきり、ただ最後に電話よこしたのが「大阪の友達の所行って、お正月するから、それで年明けたら帰るよ」って、こういう電話だったの。

石高健次プロデューサー:それが最後の電話。

渡辺ゆきよさん:ええ、そうです。それが最後の。


【消えた母と子供たちの行方は…】

ナレーション:それから6年、1979年、秀子さんたちを知るある男が思わぬ情報を警察に寄せたのである。その驚くべき内容とは。

別ナレーション:秀子さんは殺害され、子供2人は北朝鮮に拉致された(取材に基づく再現)。

ナレーション:事件の背景には、東京・西五反田にあったある会社の存在が。ユニバース・トレイディング、1971年に設立された貿易会社で、表向きは貿易業務。だが一方で、秘密裏に北朝鮮の工作活動を行なっていたと見られている。一般の市民に混じって、10人ほどの北朝鮮の工作員がいて、その工作員のリーダーが秀子さんの夫、高大基氏だったとされている。

近所の人(女性):毎日、変装した色んな警察の方が見えるから、その辺に車止めて寝たフリをして、こうやって見てたり。それで何て言ってたかね。スパイ容疑だかね。

ナレーション:警察からもマークされていた高氏は、その後、姿を消す。北朝鮮本国から出頭命令を受けて、日本を出国したと見られる。一方、夫の行方を探すため、秀子さんは子供を連れて勤務先だった西五反田の「ユニバース・トレイディング」周辺を歩き回っていたという。そんな秀子さんの行動を警戒した工作員グループは、秀子さんと子供2人を目黒区内のマンション一室に監禁したという。

監禁にかかわったとみられる女性を知る人(男性):非常に高圧的であると、なんちゅうか女親分って感じだね。

ナレーション:そして、秀子さんは殺害され、子供達2人は工作船に乗せられ、北朝鮮に連れて行かれたと見られている。その後、実行犯の工作員の殆どは日本を脱出、そして秀子さんの遺体も発見されていないため、事件は結局、立件に至らなかった。

鳥海冏子さん:(母は)最後の最後まで(秀子さんから)電話を待っていました。会いたかったと思うね、やっぱし。頑張って86歳まで生きたんだけど、駄目だったですね。

ナレーション:2001年夏、秀子さんの母、ゆきよさんは亡くなった。娘と孫の行方を知りたいという願いは適わないまま。行方不明から34年、家族の願いは報われるのか。警察当局は、貿易会社の元社員らの証言などから、子供達2人が北朝鮮に拉致された疑いが強いと見て、来週後半にも警視庁と兵庫県警の共同捜査本部を設置し、実行犯の特定を急ぐ方針を固めた。

きのう午後4時 鳥海冏子さん(電話):今、私の頭の中、もうこんがらがってます、はい。

きのう午後4時 鳥海冏子さん:まあ、今まであまり動きがなかったもんで、この度の捜査本部っていうのは、本当に心待ちにしてましたね。(子供達に会えたら、という質問に対して)もう、ほんとにぎゅうっと抱きしめて、言葉にはならないと思いますけども、抱きしめたいですね。姉のことは本当にもう信じたくないような、信じなきゃいけないのかなというような状況ですけれども、その殺害っていうのがとてもつらいですね。


【スタジオ】

小木逸平:これらが起きましたのはいずれも1973年、え、33年前。

赤江珠緒:はい。

小木逸平:ということになる訳ですけれども、え、渡辺秀子さん、当時32歳でした。で、夫とですね、え、北海道で出会いまして、埼玉で暮らしていたんですけれども、しかし、この夫が勤務していた、この貿易会社というところはですね、まあ、一般の社員に混じって10人ほどが、ま、北朝鮮の工作員。夫も、まあ、まさにその工作員だった、と。で、夫が失踪します。ま、失踪といってもこれは北朝鮮本国からの指令で、北朝鮮に、まあ、帰国したという風に見られている訳ですが。勿論、当然、妻としては夫のことが心配ですから、この会社周辺を探します。

赤江珠緒:はい。

小木逸平:で、探したところでそれが邪魔になったのか、この会社の女工作員がですね、秀子さんを含む、子供2人、3人を拉致したと見られている。まあ、秀子さんは殺害されたなんていう見方もありますけれどもね。

鳥越俊太郎:これはね、あの、ABC朝日放送の石高君というのが、ずうーっと調べていて、スーパーモーニングでも何回か放送してるんですね。この渡辺秀子さんケースはね。ただ、そのお子さんが殺され…どうなったのかっていうことはよく分からなくて、おそらく秀子さんは殺害されたんじゃないかっていうことまでは分かってたんですけど。今回、捜査本部を来週ぐらいに立ち上げるということに話がなってますけどね。これ、きっとね、その、拉致問題が、あの、6者会合の、日朝作業部会で、動いてないでしょ。こう、全然。もう、押しても引いても動かないみたいな、膠着状態でしょ。で、他の、核問題は動いてますよね。おそらく、その、拉致問題を何とか少し動かさなきゃいけないという新しい材料が必要なんですよね。そのために、この子供の問題を、一つ、あの、ぜん、ぼんっと前に出したという、そういうことが背景にはあるんだろうと思いますね。今、出てきた背景はね。そうでないとね、前から分かってた話なんでね。

赤江珠緒:それにしても中島さん、本当にその当時ですね、工作員がこんなにも活動していたのかって驚かされますね。

中嶋博行:本当にそうですよね。スパイ小説のような感じですよね。ただ、この拉致問題も確かにもう昔の話なんですけども、やはりこういう問題は国家が絡んだ犯罪ですから、ヨーロッパ型の人道に対する罪ということで、まあ、最後まできちんとやるべきだと思うんですけどね。ただ、何故、今、ここで出てきたのかというのは、今、鳥越さんの話で私もよく分かったんですけど、やはり拉致問題は動かさなきゃいけないという、そういう政府の考え方もあったんでしょうね。(中嶋博行…弁護士・作家 専門は犯罪被害者学。「検察捜査」で江戸川乱歩賞受賞。)

小木逸平:でも、鳥越さんのお話がその通りだとすると、この問題こうやってまた出したとしても、これ以上またさらに動くことが。

鳥越俊太郎:それは保証は無いです。保証は無いけども、あの、今まで、ほら、この話は全然、向こうからも出てないし、こっちからも出てない訳ですよ。だから、新しい材料として突きつける材料にはなる訳です。何らかの形で、これに対してね、北朝鮮側…。

小木逸平:答え出せ、と。

鳥越俊太郎:回答を出せ、という風に迫れる訳ですよね。そういうことは、あると思います。

中村伊知哉:日本としてちゃんとこれは怒らなきゃ駄目だと思いますよ。で、他の拉致の話とこれは違っていて、秀子さんは本当に疑念を抱いて、挑んでいった訳ですよね。で、ひょっとしたら殺されたかもしれない。それで子供達が攫われたかもしれないっていうことで、形が違いますよね。(中村伊知哉…慶応義塾大学教授。元郵政省。特定郵便局長からMIT客員教授。ロックバンドの経験も。)

赤江珠緒:ねえ。もみさん、お母様も妹さんも34年間待ち続けてらっしゃる訳ですね。

山村紅葉:子供さんの国籍が日本じゃないからということで動けなかったという理由になってますけど、やっぱり国籍どうであれ、日本から連れ去られた訳ですから、それはやっぱり日本としては探すべきことですよね。国籍云々じゃないですよね。(山村紅葉…作家。2時間ドラマの裏女王。故・山村美紗さんの娘。国税局に勤務敬虔。)

赤江珠緒:本当にどれだけの人が人生を翻弄されたのかと、もう思ってしまいますね。さあ、続いてです。続いては、テンポアップパート2(番組内コーナー名)です。

佐々木亮太:情報満載てんこ盛り。

上宮奈々子:ニューステンポアップ。

佐々木亮太:それでは先ず、こちらからお伝えします。え、ルーマニア人拉致被害者のドイナさんですが、消息不明だった彼女の行方を、昨日、初めて聞いたという母の衝撃とは。


【VTR】

ナレーション:娘の帰りをひたすら待ち続けた母。しかし、その事実を知らされた時、彼女は感情を抑えることが出来なかった。今から29年前、滞在先のイタリアから消息を絶ったルーマニア人女性、ドイナ・ブンベアさん。その母・ペトラさんに、昨日、初めて、娘が北朝鮮に拉致されていた事実が告げられた。

ドイナさんの母 ペトラ・ブンベアさん(76):ようやく彼女に何が起きたか分かりました。

ナレーション:雑誌のモデルもしていたドイナさん。当時28歳。1970年にイタリア人男性と結婚し、ローマに移住。離婚後、再び彫刻や絵画の腕を磨くために、イタリアにある美術学校に通い始めた頃、家族にかかってきた一本の電話。それは、絵の仕事で日本に行くというものだった。

ドイナさんの母 ペトラさん:ずっと不安でした。彼女にいつ、どこで、何が起きていたのか。悪い夢を見ていました。やっと彼女に何が起きたか分かりました。これは私にとっては、とても大切なことです。

ナレーション:ドイナさんの拉致が明らかになったきっかけは、ジェンキンス氏の著書だった(ジェンキンス著『告白』角川書店刊)。その中でジェンキンス氏は、脱走した4人のアメリカ兵の妻たちは、それぞれ海外で拉致された女性だと告白した。

ジェンキンス氏:ドレスノクの妻・ドナはルーマニア人で、やはりだまされてイタリアにいる時に、北朝鮮に連れてこられたと言っていた。

ナレーション:ドレスノクというのは、ジェンキンス氏と同じく、北朝鮮に脱走したアメリカ兵のこと。ドイナさんは、そのドレスノク氏と北朝鮮で結婚。2人の息子をもうけていた。

ドイナさんの弟 ガブリエル氏(40):(息子は)とてもドイナに似ています。8割9割、ドイナにそっくりです。特にあごと目が。

ナレーション:こう語るドイナさんの弟、ガブリエル氏。ドレスノク氏の息子の名前もガブリエルだ。

ガブリエル氏:姉は家族を愛していました。だから、自分の子供に私の名前を与えたのです。

ナレーション:ドイナさんはイタリア留学中に拉致されたと見られている。絵画や彫刻の勉強をしていたドイナさんは、失踪直前、家族にこんな手紙を送っている。

母への手紙:実はつい最近、いい人と出会いました。彼は32歳で、とても頭が良くて、かっこ良くて、優しくて、独身で、お金をたくさん持っています。

(きのう イタリア・ペルージャ)ドイナさんの元恋人 デリサリオさん:(失踪した)1978年のクリスマスに、おめでとうの電話をもらいました。いつもと同じ、本当に普通でした。

ナレーション:一方、ジェンキンス氏が語るドナさんと、今回、弟が名乗り出たドイナさんとは同一人物なのか。

ジェンキンス氏:これはドナです。間違いありません。

インタビュアー:間違いない?

ジェンキンス氏:はい、彼女はこのコートを持っていた。私は彼女のこのコートに見覚えがある。絵画の展覧会を開こうと誘われてイタリアから来たようですが、彼女の意に反して北朝鮮に留まることになったと聞きました。

ナレーション:しかし、ドイナさんは1997年、47歳の時、肺癌で死亡。亡くなる直前、彼女は北朝鮮の土に埋めて欲しくないと土葬を頑なに拒否したという。

ナレーション:拉致被害者家族会の増元氏は、昨日、ルーマニアへと向かった。

家族会事務局長 増元照明氏:(これで)ヨーロッパにおける拉致問題の浸透が期待できると思ってます。

ナレーション:同じ拉致被害者として連携を深めてきた家族達。そして、ルーマニア人女性、ドイナさんの家族。

ドイナさんの母 ペトラさん:ようやく彼女(ドイナ)に何が起きたか分かりました。


【スタジオ】

佐々木亮太:ということでですね、ドイナさんの弟さんなんですが、日本の家族会と連携して活動していきたいと考えているということです。

赤江珠緒:え、増元さんがですね、先ほど、その、ドイナさんの家族に会うためにルーマニアに向かっていたんですが、現地に到着したようです。ニュースルームから伝えてもらいます。村上さん。

村上祐子:はい、お伝えします。ルーマニアに到着した拉致被害者家族の増元照明さんは、ドイナさんの弟・ガブリエルさんと日本時間の今日夕方に面会する予定です。

拉致被害者家族会 増元照明さん:ルーマニア政府にも、やはり日本政府と連携して、北朝鮮に圧力をかけていただきたいと私は思っています。

村上祐子:増元さんはガブリエルさんに、曽我ひとみさんから聞いたドイナさんの思い出を伝えることにしています。そして、ドイナさんについて、北朝鮮でアメリカ兵と結婚したなどと証言しているジェンキンスさんに会うため、日本を訪れて欲しいと話すということです。ニュースルームからお伝えしました。

赤江珠緒:はい。あの、北野さん、弟さんの名前をね、息子さんに付けたり。

北野誠:そう。

赤江珠緒:北朝鮮の土に還して欲しくないっていうのはね。

北野誠:もう本当に、あの、だから、自分の意に反してる結果だったと思いますね。だから、そういうね。でも考えたら、鳥越さん、あれですよね、全世界で色々、拉致活動やってたんですよね。

鳥越俊太郎:これでね、あの、ルーマニアでしょ。で、タイもありましたよね。

赤江珠緒:はい。

鳥越俊太郎:それからレバノンもありました。

赤江珠緒:ありましたね。

鳥越俊太郎:で、まあ、日本ですよね。で、今、分かってるだけでも4カ国、北朝鮮に拉致された。これはね、あの、人権の問題なんですよね、人権。つまり、北朝鮮が如何に人権を無視して、その、無視した行為を行ってるかってこと。だから、国際的に人権意識、人権の問題として国際世論を盛り上げていかないと、日本と北朝鮮だけの、その拉致問題という解決では、中々、前に進まない。で、国際世論で人権問題として、この拉致問題を取り上げて、まあ、最終的には国連で問題にする、と。そういう一つの、まあ、考え方として、これ、増元さんもルーマニアに行かれた。

赤江珠緒:もう総がかりで攻めていく。

鳥越俊太郎:もっと、おそらくね、僕は、分からないだけで、もっと、おそらく他の国からでも拉致されたって可能性はあると思いますよ。

赤江珠緒:ここまで来ると、その可能性も否定できないですよね。はい。続いては…。

【21分10秒】

2007年4月5日 スーパーJチャンネル

小宮悦子:29年経って、初めて拉致を知りました。

テロップ:母親に初めて明かされた“娘の拉致”

ナレーション:カメラの前で初めて明かされた拉致の真実。

ドイナさんの母 ペトラ・ブンベアさん(77):ドイナに何があったか分かっただけでも、心が少し軽くなりました。

テロップ:次は 独占 娘の拉致知った母は(CMへ)


矢島悠子:1978年に拉致された可能性が高いルーマニア人女性の弟が、カメラの前で母親に初めてその真実を語りました。独占取材です。

【29年たってようやく…母に初めて明かされた“拉致”】

ナレーション:今朝、拉致被害者家族会の増元照明さんが、ルーマニアに降り立った(日本時間4時ごろ)。1978年、北朝鮮に拉致された可能性が高いルーマニア人女性、ドイナ・ブンベアさんに会うためだ。

大保一レポーター:増元さんら家族会は、ドイナさんと親しかった曽我さんとメッセージを預かっています。え、また、ルーマニア外務省に対しても、拉致の実態を調査するよう強く働きかける予定です。

拉致被害者家族会 増元照明事務局長:(表に)出て来られた御家族と連携しながら、あの、今度はヨーロッパでのこの拉致、北朝鮮による拉致という問題を啓蒙していける。

ナレーション:この前日、増元さんらとの面会を前に、ドイナさんの弟が、未だ真実を知らない母親の元へと向かった。

ドイナさんの弟 ガブリエルさん:(北朝鮮で生まれた)一人目の子供にはリカルド。二人目にはジェイムス・ガブリエルって名付けてる。全部、彼女が付けた名前だよ。

ナレーション:娘が拉致され、北朝鮮で子を持つ母となった。29年の時を経て、全てを知らされた母親は、これまでの苦しみを語り始めた。

ドイナさんの母 ペトラ・ブンベアさん(77):この知らせを聞いて、過去の苦痛が蘇ってきました。私はこれまで、自分の娘は28歳だということにしていたのです。28歳で行方不明になったから。

ナレーション:イタリアに旅立った娘が消息を絶ってから、母親の時計の針は止まったままだった。

ペトラ・ブンベアさん:ドイナに何があったか分かっただけでも、心が少し軽くなりました。今までは何も分からなくて、何度も悪夢を見て、心臓の病気まで患って。

ナレーション:家族はドイナさんの行方を懸命に捜し、ルーマニアとイタリアの当局にも働きかけたが、まともに取り合ってもらえなかったという。

テロップ:母親がイタリアのローマ市長と在ルーマニア・イタリア大使館に送った手紙

インタビュアー:ルーマニアの外務省とかにちゃんと調べて欲しいと思いますか?

ペトラ・ブンベアさん:いいえ、政府は長年の間、何もやってくれなかった。今更遅いです。

ナレーション:ここに、イタリアで絵画や彫刻の勉強をしていたドイナさんが、失踪直前に送った手紙がある。

ドイナさんの手紙:つい最近、32歳の男性に出会ったの。とても頭が良くて、カリスマ性のある人なんだよ。私は彼と一緒に住んでいます。

ナレーション:手紙の際に書かれていた「リギ」という名の人物(テロップでは、「リギ」という名のイタリア人男性)。我々は、この男性に接触することに成功した。

ドイナさんと同居していたベリサリオ・リギ氏:こんな(拉致される)ことになるなんて、ありえない…。

ナレーション:1977年にドイナさんと出会い、一年半ほど親しくしていたというリギ氏は驚きを隠せない。

ベリサリオ・リギ氏:陽気で、感じが良くて、オープンな子でした。アメリカが好きで、良くアメリカの話をしていました。

ナレーション:当時、独裁政権下にあったルーマニアからイタリアに脱出したドイナさん、自由の国アメリカに想いを馳せていたのか。家族が連絡を取らなくなったのは78年10月。リギ氏は、その二ヵ月後にドイナさんから一本の電話をもらったと打ち明けた。

ベリサリオ・リギ氏:78年のクリスマスです。電話してきたんです。「チャオ!元気…?今度、展覧会をするの。カタログを送るわ。じゃあね。メリークリスマス。

ナレーション:リギ氏によると、この時点ではまだ拉致された状況ではなかったという。この電話がリギ氏が聞いた最後の肉声となった。ドイナさんの家族は日本時間の午後6時、増元さんらと面会する予定だ。ヨーロッパで新たな運動のうねりを作り出すことが出来るのか。


【スタジオ】

小宮悦子:うーん、萩谷さん、母尾が29年もの間、拉致の可能性があることすら知らされてこなかった訳ですよね。ここにはルーマニアという国の特殊な事情もありそうです。

萩谷順:そうですね。まあ、我々よく知っていることは、その、金正日総書記がですね、その、自由化を進めるとルーマニアのかつての独裁者であるチャウシェスクのように殺される虞もある、と。恐怖感を持っていると、よく話が出ますよね。で、実はその北朝鮮とルーマニアの関係、非常に特殊な関係で、1971年、70年代の初め頃までですね、ルーマニアのチャウシェスク元大統領は北朝鮮を訪問するんです。そして、当時の金日成主席と、まあ、意気投合をして、この国をモデルに自分達の国を創ろうという風に考えてるんですね。そこから非情に、その圧政が始まったという風に言われているんです。ですから、その、まさにドイナさんが行方不明、拉致された頃はですね、ルーマニアと北朝鮮の関係が非常に良かった時代。つまり、北朝鮮の人間がおそらくですね、ルーマニア行って何しても許される。国民の権利を侵害しても、もう独裁者は目を瞑る。ですから、そのドイナさんの母親、初めっからもう諦めている。で、それまで真相を究明できなかった。そこに原因がある、と。ね。


テロップ:母親を殺し子供を拉致か 犯行グループは7人

坪井直樹:1973年に失踪した渡辺秀子さんの子供2人が北朝鮮に拉致されたと見られる事件で、犯行グループは7人であることが分かりました。この内、主犯格の女を含む、少なくとも3人は事件後に北朝鮮に渡ったと見られています。拉致されたと見られるのは高敬美さんと弟の剛ちゃんです。警察当局などの調べによりますと、一連の犯行は2人の父親で北朝鮮工作員・高大基氏が勤務していた貿易会社「ユニバース・トレイディング」の社員ら7人によるものであることが分かりました。犯行グループは1973年12月に母親の渡辺秀子さんを殺害し、翌74年、2人の子供を日本海側の海岸から船に乗せて北朝鮮へ連れ去ったと見られています。主犯格の女ら、少なくとも3人は、事件後に北朝鮮に渡ったと見られていて、警察当局は犯行グループの特定を進め、この主犯格の女を国際手配することも視野に捜査を進める方針です。特定失踪者問題調査会は会見を開き、拉致されたと見られる2人が朝鮮籍であるため、日本国民が要件となる拉致被害者支援法に基づく被害者認定の対象外であると指摘しました。今後、政府に法改正などを求めることにしています。

【7分21分】

2007年4月5日 筑紫哲也 NEWS23

三澤肇:34年前、東京都内で失踪した女性の子供2人が北朝鮮に拉致されたと見られる事件で、容疑者と見られる女が北朝鮮国内で生存している可能性のあることが分かりました。

渡辺秀子さんの妹 鳥海冏子さん:今まで本当に情報らしい情報がなかったもんですから、今度は何か、まあ、こういう形になったので、徐々に徐々に何か、情報が入ってくると思いますので、それを待っています。

ナレーション:73年に失踪した北海道出身の主婦、渡辺秀子さん。渡辺さんは行方不明となっていた夫を探そうと、当時6歳と3歳の子供を連れて、夫の勤務先を訪ねた直後に失踪したとされています。警察当局は、夫の勤務先は北朝鮮工作員の活動拠点で夫自身も工作員だったと見ています。こうした実態が漏れ伝わるのを怖れた別の工作員らが、渡辺さんを殺害し、この会社の役員で工作員だったと見られる59歳の女が、子供2人を拉致した可能性があるのです。その後の調べで、この女は事件後の75年に日本を出国。現在も北朝鮮で生存している可能性があることが新たに分かりました。

渡辺秀子さんの妹 鳥海冏子さん:もう、(北朝鮮は)嘘で固められている国ですからね。ですから、もう、そういう嘘を見抜き、私達に真実を持ってきていただきたいなって思います。

ナレーション:警視庁などは、国外移送目的誘拐の疑いで、女の逮捕状請求を視野に捜査を進めています。

【1分45秒】

 なお、この日の多事争論は「日本一の山」。富士山の近況(ゴミ捨て問題)と富士山を文化遺産として世界遺産に登録しようとする運動に関する話でした。

関連エントリー
(2007年04月07日)渡辺秀子さん母子失踪事件に関する時系列メモ
(2007年04月09日)渡辺秀子さん母子失踪事件リンク集
(2007年04月14日)渡辺秀子さん母子監禁・拉致事件 現在までの報道まとめ

(2007年04月04日)渡辺秀子さん母子失踪事件 4月4日のテレビ報道
(2007年04月08日)渡辺秀子さん母子失踪事件 4月8日のテレビ報道
(2007年04月12日)渡辺秀子さん母子失踪事件 4月12日のテレビ報道
(2007年04月13日)渡辺秀子さん母子失踪事件 4月13日のテレビ報道
(2007年04月19日)渡辺秀子さん母子失踪事件 4月19日のテレビ報道
(2007年04月22日)渡辺秀子さん母子失踪事件 4月22日のテレビ報道
(2007年04月25日)渡辺秀子さん母子拉致事件 4月25日のテレビ報道
(2007年04月27日)渡辺秀子さん母子拉致事件 4月26日のテレビ報道
(2007年04月28日)渡辺秀子さん母子拉致事件 4月27・28日のテレビ報道

※本エントリーは4月11日18時00分にupしました。
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