2006年11月17日

これって笑えることですか?

 これは一部の人への私信。鬱で悩む人もいれば、肥満を気にする人もいる。どちらも当人にとっては相当な悩みだと思うけれど、自分の悩みより外に想像力が及ばない人達がいる。或いは、鬱は至上の悩みなのか。


 先ず、下記の産経新聞記事を読んで頂きたい。

(2006年11月15日)産経:勝手にスブタと呼ばないで! 住田弁護士が名誉棄損で提訴
 人気テレビ番組「行列のできる法律相談所」に出演している住田裕子弁護士が15日、小学館発行の週刊誌「女性セブン」にうその記事を掲載され名誉を傷つけられたとして、同社に300万円の損害賠償を求める訴えを東京地裁に起こした。

 訴状によると、セブン誌は今年4月13日号に「もうスブタと呼ばせない!」との見出しで、住田弁護士が2カ月で体重を10キロ落としたダイエット方法の記事を掲載。住田弁護士には直接取材をせず、関係者の話だけで書かれていた。

 記事は「ダイエットですしやラーメンなどの炭水化物をカットした」などとの趣旨だが、住田弁護士は「きちんと3食ご飯を食べた」と主張。「私に取材をしないまま誤った記事を掲載された。精神的打撃、苦痛は多大」としている。

 小学館広報室の話「訴状を見ていないので現段階で申し上げることはありません」

(11/15 19:20)

 上記の産経記事に対して、某所で「ワロタw」というスレを目にしたので、これが笑えることなのか、考えてみる。そのスレの各コメントを全文引用するのはやめておくが、要約すると「この程度で騒ぎを大きくする必要があるのか」「売名で騒いでるだけ」「有名人はからかわれるもの」「(故佐藤栄作元総理が青島幸男氏から「財界の男メカケ」と言われたことを例に挙げて)「スブタ」なんて、可愛いもの」という批判があった。住田弁護士が男女共同参画社会推進論者であることを指摘するコメントもあった。

 現状、各新聞社の記事以上のことが解らないので、その内容を前提に書く。上記批判者もまた、その程度の認識で批判していることから、この場面においては各社の記事内容のみを根拠に論じることは対等であり、軽率には当たらないと考える。


 先ず、住田(スミタ)という苗字と、太っていることを喩える「ブタ」という言葉を掛けて、「スブタ」と書く(この音からは漢字の「酢豚」を容易に想像でき、その音と併せて食欲や肥満に対するイメージを想起させる意図もあると思う)、この女性セブンのやり方は最低だと思う。その点では、産経新聞の見出しの付け方にも同様の悪質さがある。産経記者としては気の利いた見出しを付けたつもりかもしれないが、他紙の見出しと並べると、悪質さが際立っていることが分かる。

(2006年11月15日)毎日:損害賠償:「行列のできる」住田弁護士が小学館を提訴
(2006年11月15日)読売:「行列のできる…」住田弁護士、名誉棄損で小学館提訴
(2006年11月15日)産経:勝手にスブタと呼ばないで! 住田弁護士が名誉棄損で提訴

 この報道を知って、先ず想起したのは、先日の福岡県筑前町立三輪中学のいじめ自殺問題。元担任の男性教師が漢字一字の書き取りの際に、ある女子生徒に対して『おまえは太っているから豚だね』と言っていたそうだ。その教師が、ネット上で散々批判されたことは、事の詳細を知れば妥当だと思う。では、本件における女性セブンと住田弁護士のやり取りはどうか。教師と女子生徒、女性週刊誌と女性弁護士の違いはあれども、やっていることは同じ。「ブタ」扱いされて嬉しい女性はいないだろう。住田弁護士に冷笑的なコメントを向けることと、三輪中の一件における感想が一致しないとなれば、同種の行為に対しても被害者に関する情報次第で、同情したりしなかったりと規範を変えていることになる。これは二重基準に当たると思うがどうだろうか。

 次に、女性セブンの掲載意図は何なのか。食事ダイエットの方法を紹介する意図であれば、そのレシピを知るには、直接本人に取材するのが一番確実な方法である。住田式ダイエット法が知りたい読者にとっても、その方が内容を知るのに確実であり、望ましいことだろう。2カ月で体重を10キロ落とせるダイエット法ならば、知りたいと思う女性も少なくはないと思う。取材にあたって、住田弁護士が多忙で直接取材のアポが得られないならば、FAXでの回答を求めることも可能だ。特に、ネタの鮮度が求められるような記事でもない。

 しかし、女性セブン側は直接取材を行っておらず、誰だかよく分からない「関係者」の言を根拠に面白可笑しく書いたとすれば、住田弁護士の怒りは尤もだろう。女性セブン側の意図がダイエット法の紹介にはなく、他人のコンプレックスを弄り、太っている女性を嗤笑することにあると受け取られても仕方ない。


 さらに、提訴を「売名行為」と看做す批判もあるが、この点はどうか。住田弁護士は、TV番組などへの露出もあり、弁護士の中では既にそれなりに著名である。この件に関して名を売る目的で提訴したとしても、それは『「スブタ」という表記に怒って提訴した住田(スミタ)弁護士』として注目されるに過ぎない。現に、産経新聞の記事タイトルの付け方も、女性セブンの意図をなぞる形の悪意に満ちたものである。この点からも、提訴によって今更、彼女の望むような形で名を売ることは出来ないと思われる。むしろ、本人は太っていることにコンプレックスを抱いているのだから、提訴や今後の審理の過程で当該記事内容と向き合うことは、苦痛を伴うと想像できる。

 本提訴で今後付き纏う可能性のある「スブタ」という蔑称を全国売りの女性週刊誌に記載される不名誉と、名誉毀損記事と戦うこと(或いは女性の人権向上という触れ込み)で新たに得られる名声や仕事と。果たして、現にダイエットしている女性であれば、どちらを選択するだろうか。彼女には、既に一定の知名度と資産がある。こういう形で全国紙に報じられることは、未だ美への関心を失っていない彼女にとって、名を売ることになるとは思えない。

 この種の提訴に対しては、「売名行為」という批判の代わりに、「金目当て」という非難も考えられるが、この点はどうか。訴状に掲げる300万円という損害賠償額が、裁判上、被害者の請求額通りに認定されるかは分からない。仮に、満額を得られとしても、住田弁護士の本業とテレビ・雑誌等の副業からの収入を想像すれば、300万円は彼女にとって格別高額ではないだろう。この点からも、売名・欲得による提訴だとは考えにくい。


 三輪中の一件と併せて考えたとき、これらの誹謗中傷が許容され、受容される下地が、我々の生きる社会には存在するということかもしれない。私はこれを否定したいが、仮にこのような因習があって、著名人に対してはいかなる誹謗中傷も「有名税」という名の下にそれが正当化され、被害者が名誉毀損として提訴することさえも「売名行為」として批判されるとするならば、それは社会の在り方として妥当だろうか。そのような因習まで保守する必要があるだろうか。大人社会がこの体たらくで、子供社会のいじめなど無くなるはずもない。

 ネット上では、過去いじめられっ子であったという人が、自己のいじめられっ子体験を基にしていじめ問題を論じている様を、時々目撃する。そのような個人的体験からは、ある程度の知見は得られるかもしれない。しかし、それは時代も違えば、地域も違う。しかも、既に、いじめの時期を乗り越えた大人の意見であり、個人的な体験に過ぎない。いじめの時期を過ぎ去れば、今度は自身が自覚なくいじめる側に回っているということもある。いつかの個人的な体験は、現在の個々のいじめ問題の決定的解法になるとは限らない。もし、それらの個人的体験が「俺も堪えたから、お前も堪えろ」という同調圧力として作用するのであれば、加害者を利するだけである。

 適切な権利行使を冷笑する人達には、では、一体、如何なる権利行使であれば納得するのか、その点について問いたい。訴え出れば「売名行為」と非難され(一般人の場合には「金目当て」と非難され)、自殺すれば「生きろ!」「死ぬな!」と説教されては、被害者は泣き寝入りするほかない。声を挙げれば「和を乱す」と疎まれ、か細い声の被害者には気付きもせず、回復困難な状況に至って初めて気付いて同情するというのであれば、政治家も国民も、日頃から彼らの声に注目する責務があると思う。そのどれも面倒臭く、ただ個々のニュースを都度批判することで日常の憂さを晴らそうというのであれば、回線を切って、チラシの裏にその仄暗い思いを書き殴れば良い。

 いじめを積極的に行う者、消極的に参加する者、傍観している者、現場管理者(担任やその他の教師)、皆それぞれの強度でその現場に関わっている。冗談のつもりであっても、自覚がないままに、悪意ある行為に加担しているということはある。冗談、放言、大いに結構。だが、守るべき最低限はあるはずだ。自分の生活圏と直接関わらないニュース上の誰か、彼や彼女を批判している時でさえも、自身の良心が試されている。良心という漠然としたものでは規律できなければ、論理的な一貫性でも構わない。先日の三輪中の一件で男性教師を批判したその論理が、今日の自身を規律していることに自覚的であるべきだと思う。





 誰だって、嫌な役は引き受けたくない。一々、指摘したくない。いじめを傍観している人達だって、おそらくそうだろう。関わりたくないし、面倒臭いし、指摘してもメリットなんて何もない。むしろ、煙たがられることさえあるかもしれない。誰だって、処世術として無視していたい。でも、それでは嫌な感じがするんだ。特に、昨今のいじめ報道を見ていると。
posted by sok at 20:00| Comment(4) | TrackBack(1) | 憲法・裁判 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
sokさんはこの前の「行列のできる法律相談所」はご覧になりましたでしょうか?
この前の「行列のできる法律相談所」にて、あるOLが同僚にルックスの評価について他人より著しく低い評価を与えられたことについて、侮辱罪が成立するかどうかの事案がありました。
この事案に対し、本文中で取り上げている住田弁護士はどう答えたかというと、何と、侮辱罪は成立するかどうか分からないというような回答をしました。

この事案のOLはエステにジムに通い詰めていた辺り、住田弁護士のダイエットをしていたということに相当します。
また、ルックスの点数という形式なのか、屈辱的な表題を付けられたということに差はあるものの、両者とも本人の意見を聞かない上、侮辱的表現を行ったということに変わりはありません。
住田弁護士は当該OLと似たようなシチュエーションがあったにもかかわらず、あの件が侮辱に当たるかどうか分からないなどと判断したのは納得がいきません。

長々と失礼しました。
尚、そちらの本文の趣旨には大いに賛同しています。
それ故、今回の住田弁護士の判断は遺憾であると感じています。
Posted by tomocky at 2006年12月14日 00:46
 tomockyさん、コメントありがとうございます。

 「行列のできる法律相談所」のその回は観ていませんが、そちらのblogで概要を確認させて頂きました。殆ど言いたいことはtomockyさんが書かれているので、それ以外で個人的に気になった点について書きます。


 当該OLを提訴に至らせた経緯のうち、幾つか解らない点がありました。

1.同僚の付けていたルックス点数表がどのような経緯で他の社員に知れたのか。
  →当該OLが単に覗き見て知ったのか、同僚が積極的に見せて回ったのか。

2.知れ渡った社員数と全社員数。
  →「不特定または多人数(≠単なる複数)の認識しうる状態」という公然性要件に関わる点です。

 以上の点が不明という前提で話を進めます。


 先ず、名誉毀損罪と侮辱罪の違いは、「事実を摘示」しているか否かにあり、公然性が要求される点では同じです。同僚というだけでは不特定の要件に当たらず、また、(伝播性の点も含めて)多人数の要件に当たるだけの社員数に知られうる状態になったのか解りません。ただ、この点は他の弁護士の方々が指摘していないので、公然性要件はクリアしている事例なのでしょう。

 次に、侮辱罪の保護法益についてですが、確かに侮辱罪には「人の名誉を毀損した」という文言はありません。しかし、名誉に対する罪の一類型であることは、侮辱罪が名誉毀損罪とともに第三十四章に規定されていることからも明らかです。そして、名誉罪の保護法益は、人の名誉です。人の名誉にも色々あり、社会的評価としての名誉(外部的名誉)なのか、名誉感情なのかで学説が分かれています。

 判例・通説は、前者の外部的名誉説だったと思います。この説によれば名誉感情を持たない者、例えば幼児や精神の病を患っている者、法人等にも名誉罪が適用されるので、妥当であると考えます。この観点からは、住田弁護士の言うように「社会的評価を貶めた」という要件を求めること自体はおかしいとは思えません。

 そして、住田弁護士の場合は、女性週刊誌への掲載によって、その購読者となる不特定かつ多人数の人々が認識しうる状態になっているので公然性要件を備え、外部的名誉も毀損されているので社会的評価要件も備えています。自身の事例と社内ルックス点数表の事例とで評価が分かれるのは、その辺りの事情ではないかと思います。

 ただ、企業内で行われるこの種の侮辱の中には冗談では済まされないものもあり、とりわけ女性に特有の侮辱には聞くに堪えないものもあるので、外部的名誉説に立つにしても、女性弁護士として、もう少し何らかのアナウンスがあればと思いました。
Posted by sok at 2006年12月15日 00:10
まず、質問事項について。
>1.同僚の付けていたルックス点数表がどのような経緯で他の社員に知れたのか。
強いて言えば、後者の「同僚が積極的に見せて回った」になります。

>2.知れ渡った社員数と全社員数
当該番組の再現VTRにはその辺は明記されていませんが、状況からして「単なる複数」に近いと思えます。確かに、見せた段階で不特定多数に知れ渡るという状況ではありません。

この辺は、番組のホームページに再現VTRの概要がありますので、併せてご覧ください。
http://www.ntv.co.jp/horitsu/20061210/3.html

sokさんの話の趣旨は外部的名誉説に立つと、番組でのOLの場合は社会的評価を貶めたとは捉えることができないのに対し、本文中の住田弁護士の場合は週刊誌というメディアによって不特定多数に知れ渡ったと言うことで、社会的評価を貶めたと捉えることができるということですね。

因みに、公然性に関しては誰もこだわっていませんでしたが、社内の雑談程度で直接知った人数が少数とはいえ、やがて噂が広まると、それこそ「不特定多数」に知れ渡る可能性もあり、そういう意味から、公然性において1次情報を得た者の数だけを考えるのは妥当ではないと思います。

住田弁護士が本文に書かれているような名誉毀損を受けながら、番組中の事案についてあのような答えが出たのは侮辱罪の成立要件について外部的名誉説に立っていたからだったのかもしれません。
この辺、住田弁護士のダブルスタンダード的態度を批判した私や、番組中の事案について侮辱罪が成立するとした北村・橋下両弁護士は名誉感情説に立っていたのかもしれません。

ところで、sokさんの文章を読んでみて思ったのですが、法的知識が多いのと論理構成の作りから察するに、法律関係の仕事をされているのでしょうか?
Posted by tomocky at 2006年12月17日 14:46
 tomockyさん、コメントありがとうございます。

 番組HPで概要を確認しました。リンク先の画像からは、それなりに奥行きのある事務所のようにも見えますね。公然性については伝播性もあるので、その場の人数のみでは判断できないという点は、その通りだと思います。住田弁護士の評価については、ダブスタとまでは言えないかと。


>法律関係の仕事をされているのでしょうか?
 学生です。
Posted by sok at 2006年12月18日 23:11
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[民法][刑法]行列のできる法律相談所(2)
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Tracked: 2006-12-13 17:35