2006年09月11日

皇室典範改正論議と2007年参院選

 乙武洋匡氏のblog炎上について、あまり引っ張るべき話題ではないかもしれないが、昨日は形式面を中心に書いたので、今日は内容面を中心に書く。

【目次】
1.乙武洋匡氏の文章から
2.皇室典範改正論議は方法論での対立
3.2007年の参議院議員普通選挙
4.拙速だった有識者会議の結論と法案化
5.親王殿下御誕生後の政界の反応
6.日本国民統合の象徴に関する議論
7.再び、乙武洋匡氏の文章について


1.乙武洋匡氏の文章から

 問題になった乙武氏の文章は、たったの5行。

(2006年09月07日)乙武洋匡公式サイト:紀子さま出産
世間は昨日から「めでたい、めでたい」と騒いでるけど……

ひとつの命が誕生したことがめでたいの?

それとも誕生した命が「男児だったから」めでたいの?

どちらにしても。

これで、また大事な議論は先送りにされてしまうんだろうなあ…。


 先ず、第一文を見ると、世間が「めでたい、めでたい」と騒いでることについて触れている。けれど、自身が慶事と捉えているか否かは示されていない。つまり、この時点では両方の見方が可能であり、その後の文章は二つの可能性に留意しながら読む必要がある。

 次に、第二文と第三文では、世間が「めでたい、めでたい」と言っていることの内実がいずれなのかについて質している。「めでたい」の内実が、新しい生命の誕生にあるのか、皇室にとって41年ぶりの男児であるからなのか。この質問は、かなり重要な指摘だと思う。なぜなら、「めでたい」の内実が、ある人達にとって慶事とは異なる意味も含むから。この点は後述する。

 そして、第三文で「どちらにしても。」とある。「めでたい」の内実が、新しい生命の誕生であっても、皇室にとって41年ぶりの男児であっても、ということ。この第三文を受けて、第四文で皇室典範改正論議が先送りされることについて触れている。

 その第四文には、「これで、また大事な議論は先送りにされてしまうんだろうなあ…。」と書いている。注目すべき言葉を抜き出す。「大事な議論」と書いている。ということは、皇室典範改正論議が「大事な議論」と認識しているということ。

 尤も、これだけでは皇室典範改正の議論が大切であって、男児であったことよりも広く、新しい生命が誕生したことを慶事と捉えている可能性はある。現に、この件での言葉足らずを謝罪している日記では次のようにある。

(2006年09月07日)乙武洋匡公式サイト:深くお詫びします
まず、今回、親王のご誕生を「めでたくない」と考えているように受け取られる文章を書いてしまったことを、深く、深く、反省しています。

むしろ、僕は親王のご誕生を「おめでたいこと」「よろこばしいこと」だと思っています。それは、性別の如何を問わず、ひとつの命が誕生したことを「よろこばしい」と思っているのです。


ところが、ご誕生を受けてのマスコミ報道や世論には、少なからず「男の子でよかった」という風潮が感じられました。そのことに、僕は抵抗を感じてしまったのです。

男であろうが、女であろうが、皇室であろうが、民間人であろうが、命の重さは等しく、尊ばれるもの。そう思っていた僕には、内親王がご誕生した時よりもはるかに舞い上がった今回の慶事ムードに違和感を覚えてしまったのです。


どんな命でも尊いはずだ。


 皇室に41年ぶりに男子が誕生したことを慶んでいる人達にとっては、「新しい生命の誕生」というレベルで慶んでいることは面白くないのかもしれないが、少なくとも、炎上したエントリーの第一文における二つの可能性に留意していた人ならば、慶事と捉えていることを前提に第五文まで書いていたことが、謝罪文の方を見なくても分かる。分かるように書かれている。これでも言葉足らずなのか。


2.皇室典範改正論議は方法論での対立

 男児が誕生したからおめでたいというのは男系という伝統に特にこだわりを持っている人達においてであって、皇室が存続すれば良しとするレベルの人達においては女系でも構わないのであり、女児誕生でもおめでたいことになる。人の情として新しい生命の誕生を祝うというレベルの人もいるだろう。個人的には、後の二者に関しては、秋篠宮文仁親王妃紀子殿下が何故39歳で御懐妊したのかという点について、あまり意識が向いていないように思うが、各種メディアの世論調査などでは、まだまだそういう人達が多い。それが皇室典範改正論議についてのネット外での国民の関心のレベルを物語っているように思う。

 男系維持論にしろ、女系容認論にしろ、その基礎には、現在のままの皇室典範では、将来において宮家がなくなるという現実的な危機感がある。今回、御生まれになった秋篠宮家の第三子が皇位に就いた場合、今のままではその時代に他に宮家が存在しないという自体になり、皇室の存続はその時々の天皇・皇后両陛下、皇太子・皇太子妃両殿下の身にかかることになる。そうすると、現在の皇太子妃雅子殿下のように、民間から皇室に入られる女性への男子出産を期待される心理的圧迫が強くなり、神経を磨り減らすことになりかねない。個人の努力と運だけに頼っていては、そういう悲劇を繰り返すのであり、だからこそ、制度的・構造的に検討しようということである。つまり、皇位が安定的に継承されていく構造を作ることが目的であって、男系維持論や女系容認論はそのための方法論に過ぎない。

 しかし、方法論自体が意味を持つ局面がある。一つは、方法次第では伝統が損なわれ、皇室の権威が失われる虞があると考える立場の者。男系維持派。権威は、そこに権威を感じる者が多数存在しているという共同幻想があって初めて成り立つのであり、そう感じるものが減れば自ずと権威は失われていく。男系維持派の提言は旧皇族の皇籍復帰であるが、これには現時点においてさえ、1947年のGHQ指令による皇籍離脱から約60年が経っていて、旧皇族への国民の親しみは既に薄いという批判がある。問題を先送りしていけば、この批判の説得力は増すばかりである。一方法論に過ぎないが一つの現実解である以上、無用に問題を先送りすることによって、この解決策を無力化させるよりは、今一度、真正面から検討する方が建設的であろう。


3.2007年の参議院議員普通選挙

 方法論自体が意味を持つもう一つの局面は、国会においてである。来年2007年には参議院議員選挙が控えている。参議院議員は任期6年で、3年毎に半数が改選される。2007年には2001年に当選した議員が改選される。では、2001年に当選した議員とは、どういう人達なのか。

  2001年4月26日 小泉純一郎氏、第87代内閣総理大臣に就任。
  2001年7月29日 第19回参議院議員通常選挙投票日。
  社団法人中央調査社:時事世論調査に見る小泉内閣の特徴(グラフあり)

 小泉純一郎氏の首相就任直後の支持率は80%近くまで上った。第19回参議院議員通常選挙の行われた2001年7月の段階でも70%台である。2007年の改選に臨む自民党立候補者の多くは、この最盛期の小泉人気に乗って当選した人達である。したがって、小泉首相が辞めた後の2007年の参院選で、自民党が苦戦を強いられる可能性は充分に考えられる。2004年7月11日に行われた第20回参議院議員通常選挙では、83人が立候補して当選者49人だった。

 現在の自民党議員総数は405人で、その内、衆議院議員が293人(定数480人)、参議院議員が112人(定数242人)。衆議院の場合、過半数は241、安定多数は252、絶対安定多数は269。参議院の場合、過半数は122、安定多数は129、絶対安定多数は140。2005年秋の第44回衆議院議員総選挙(郵政解散)では自民・公明の与党が圧勝したが、小泉首相の去った来年の参院選では与党が現有議席を維持できるかは解らない。過半数割れするかもしれない。

 昨年の解散総選挙では郵政民営化法案を巡り、衆議院で過半数の賛成を得て通過した同法案が参議院で否決された。参議院で否決された法案が衆議院に差し戻された場合であっても、衆議院で3分の2以上の多数で可決された場合、その法案は成立する。現在の与党には、法案を押し通す力は理論上ある。しかし、実際には衆議院で可決され参議院で否決されるような状況は政局である。


4.拙速だった有識者会議の結論と法案化

 今年初めに野党側による与党攻撃の4点セットの一つに数えられた皇室典範改正問題は、「皇室典範に関する有識者会議」にて識者が議論に議論を重ねたものを法案化したものかもしれないが(たった36時間という批判もあるが)、親王殿下の御誕生により「拙速だった」という評価は免れ得ないだろう。そうであれば、現在行われている自民党総裁選後の、新首相指名のために召集される臨時国会では結論に至らないであろうから、2007年初頭の通常国会で審議するのが時期的に最も早いことになる。

 しかし、上で述べたように、2007年7月には参院選がある。小泉人気による追い風の無い参院選である。通常国会の会期は150日であるから、5月頃に閉会し、その通常国会での各党の姿勢が7月に国民に問われる。政局になることを望まない国会議員は、この問題を争点化すべきではないと考えるだろうし、反対の意図を持つ国会議員もいるだろう。メディアが男児・女児に注目するのは、皇室典範改正論議の継続審議が、来年の参院選に向けた政争・政局に発展する要素を持つからだと思う。


5.親王殿下御誕生後の政界の反応

 親王殿下の御誕生により、一先ず、政争・政局にもなりかねない問題は先送りされた。年初の「皇室典範に関する有識者会議」の結論、それを踏まえた上での法案化は拙速だったということで、今後の審議は慎重に行われるだろう。この件に関する政治家の発言は次の通り。

(2006年09月06日)毎日:<皇室>紀子さま男児ご出産 小泉首相「良かったね」

(2006年09月06日)朝日:皇室典範改正、しばらく静かに見守るほうがよい=首相
 [東京 6日 ロイター] 小泉首相は、秋篠宮妃紀子さまが6日午前、男児を出産されたことを受け、皇室典範の改正問題について、しばらく静かに見守るほうがよい、との考えを示した。官邸内で記者団に語った。

 小泉首相は皇室典範改正を急ぐ必要はないとの考えかと聞かれ「そうですね。皇室というものはどういうものか、時間をかけて考える方がいいのではないか」と答えた。

 また、政府としては「これからの総理がどう考えるかによるが、しばらく静かにした方がいい。来年の国会に提出するという話ではない」と述べた。

 女系天皇については「将来、安定的な皇位継承を考えると、今の時代、常に男子がお生まれになるとは限らない」とし「将来、女系の天皇陛下も認めないと皇位継承は難しくなる」と指摘した。

(2006年09月06日)産経:高村元外相「皇室典範改正、拙速に扱うな」 男子ご出産で
 秋篠宮妃の男子ご出産を受け、高村正彦元外相は6日、「男子、女子にかかわらず、大変おめでたいことだ。皇位の安定的継承という意味において(皇室典範問題は)じっくり議論するもので、拙速に扱うべきではない。今回の男児誕生で、拙速な議論に歯止めがかけられれば、結果論として好ましいことだ」とコメントした。

(2006年09月07日)スポニチ:皇室典範 改正見送りの声噴出
 自らの私的諮問機関「皇室典範改正に関する有識者会議」の報告書を基に今年1月、改正案を国会に提出すると明言した小泉首相は6日、「(改正案は)来年の国会に出す話ではない」と強調。これに先立ち、安倍氏も同日「冷静に議論を進めていかなければならない」と慎重姿勢を示した。

 安倍氏は先の通常国会で首相に対し、女性、女系天皇を容認する改正案の国会提出先送りを求めた張本人。安倍政権が自民党内の圧倒的支持を得て誕生した後、改正論議が収束するのは確実。政府は6日、報告書に沿った改正作業を見直す方針を早々に固めた。

 同じく自民党総裁選に出馬を表明している麻生太郎外相は「(改正は)40年ぐらい先の話だろう。時間をかけて考えたらよいのでは」と見送りを主張。政府・与党内では久間章生同党総務会長も「私は前から急ぐ必要はないと言ってきた」と改正に消極的な姿勢を示した。

 さらに、中曽根康弘元首相が「これで改正問題は解消した」と言い放つなど、「男系男子」に限定した現行制度維持を求める声が大勢。「男系がずっと続くという状況ではない。議論を早急に始めないと」(木村勉同党内閣部会長)などの意見は、日本中を包む祝賀の声にかき消されつつある。

(2006年09月07日)東京:分裂回避 渡りに船 皇室典範改正『先送り』
 「多くの国民からできれば賛同をいただける道が望ましい。慎重に、冷静に、しっかり議論していかなければならない」

 ポスト小泉の最有力候補である安倍晋三官房長官は六日の記者会見で、皇室典範改正の必要性について「慎重」という言葉を繰り返した。もともと改正に慎重だった安倍氏だが、男子誕生に勢いづけられた格好だ。

 安倍氏だけでなく、自民党からは「皇室典範改正を急ぐ状況ではない」(細田博之国対委員長)「数十年先まで男系継承は見通しがついた。じっくり進めればいい」(甘利明政調会長代理)など、改正慎重派、推進派双方から議論は急ぐべきでないとの意見が続出した。

 民主党の鳩山由紀夫幹事長も「静かに見守るべき時。新政権でも拙速な議論は慎むべきではないか」と指摘。両党ともに、「何らかの制度改正は必要だが、急ぐべきではない」という空気が支配的だ。


 以上、誰が言及しているかを見易くするために議員名と肩書きは太字強調とした。スポニチ記事では麻生氏の発言が「(改正は)40年ぐらい先の話だろう。時間をかけて考えたらよいのでは」となっているが、これは記者の無知ではないか。40年ぐらい先の話というのは、皇位継承が現実の問題になる時期のことだろう。皇室典範改正の論議や改正自体は、皇位継承が現実味を持つ以前にすべきことである。麻生氏が「時間をかけて考えたらよいのでは」と言ったとて、40年間改正を待てということではなかろう。


6.日本国民統合の象徴に関する議論

 日本国憲法の第一章「天皇」、その第一条には「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」とある。「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」である天皇に関する皇室典範の改正についての議論で、国論が二分することは妥当なことか。郵政解散ような政局になることは、皇室の問題においては妥当なのか。政争・政局にならないよう慎重な議論が望ましい。

 しかし、皇室典範の改正を先送りする問題点は、先に挙げた男系維持派における旧皇族の皇籍復帰論が、時代を経るごとに現実解として妥当でなくなっていくというだけでなく、今回、親王殿下が御生まれになったことで、愛子内親王殿下への帝王学の教授にも関わってくる。他にも影響はあるであろう。慎重が過ぎても問題がある。

 昨年、衆議院の解散総選挙が行われたので、次の第45回衆議院議員総選挙は任期満了であれば2009年に行われる。2007年と2010年には第21回と第22回の参議院議員普通選挙がある。とすると、2008年に国会で審議するのが、選挙向けの政争・政局を避けるには時期として最も早いのではないか。仮に、2008年の審議入りが難しくとも、議論自体は継続的に行っていくべきだろう。国民統合の象徴に関する議論なので、国論を二分した政局に発展しないように、それでいて、遅過ぎない程度に冷静かつ慎重な議論を積み重ねなければならない。抽象的な文章で書いても非常に難しそうなので、具体的な妥協点は一層難しいと思う。皇位の安定的継承という目的は忘れるべきではない。


7.再び、乙武洋匡氏の文章について

 と、ここまでで終わっても良さそうだけれど、さて、冒頭の乙武氏の文章に戻るならば、乙武氏は出産に関して男児・女児に拘らず慶事と捉える人ではあるが、皇室典範改正の在り方についてはどのように考えているのだろうか。個人的には、乙武氏は女系容認派のように思えるが、その辺りは炎上した文章からも謝罪文からも判断できない。

 ただ、「大事な議論」が先送りされることは憂えている。政局を避けて「大事な議論」を先送りする政治家を批判している(先送りするのは国会で審議する政治家達だから、この点は書いていなくても自明だろう)。乙武氏の文章は、男児であれ女児であれ命は平等に尊いのではないかという問い掛け、「大事な議論」を先送りすることへの批判、この二点だけを書いている。それだけ。それに対して、炎上させたコメンターや過失衡量を経ない相対化論者は、どれほど思考を巡らせているのか。

 まさか、国民統合の象徴に関する問題で、男系維持論者と思われる人達の側から(といっても主に某匿名掲示板の住人達だろうけれど)、他者のblogを炎上させるような行為が起こるとは思いもしなかった。また、今回の件に関して相対化するような発言を幾つか目にすることになったことも信じ難かった。保守系ブロガーも私が見た限りでは殆ど静観していた。それも信じ難かった。こういうことが今後も起きるなら、そして、制止するものがいなければ、男系維持論は支持を失うだろう。残念でならない。


【09月12日20:30追記】

 今回の炎上がきっかけで、乙武氏のblogの過去ログ等を読んでみて、2ちゃんねるに関するエントリーに辿り着いた。聖人のような寛容さを備えた人物という印象を受けた。仮に、個々の論点において意見が違ったとしても対話可能な人物だと思う。コメント欄のリンクと併せて、乙武氏の人物像を知る手がかりになると思う。

(2003年06月10日)乙武洋匡公式サイト:2ちゃんねる
(2003年06月10日)2ちゃんねる:【ヽ(´ー`)ノ】Z武氏、2ちゃんねるについて語る【◎ ̄ ̄◎ ころころ〜】
posted by sok at 21:30| Comment(6) | TrackBack(0) | ネットと言論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私は祭りには参加しなかったけど、乙武氏の1日目の発言は
次のような意味にも取れるんじゃないかと思いました。

「お世継ぎ誕生なんて世間は騒いでいるけど、
赤ん坊が一人誕生したという以上にめでたがるのは
人類平等の観点から見るとおかしい。
今回の男子誕生で、皇室に男女平等思想を適用するための
”大事な議論”が後回しになってしまい残念だ。」

2日分の彼の書き込みをじっくり読むと、こういう解釈を
したくなります。炎上したのはこんな感じの解釈をした
読み手が多かったからでは。
Posted by あぽ at 2006年09月12日 02:30
 あぽさん、コメントありがとうございます。

 そうですね。炎上させたコメンター達は、そういう解釈をしたのだと思います。人によっては皇室を軽視しているとも取れます。乙武氏にとって親王殿下の御誕生は、社民党や共産党の党首がコメントしたレベルの「慶事」なのでしょう。しかし、各種世論調査を見ると、女系容認論は皇室典範改正論議初期の報道よりは少なくなったものの、依然として過半数を占めています。その中には、女性天皇と女系天皇の区別がついていない人もいるでしょう。つまりは、それが現在の多くの国民の認識レベルです。

 以上のことは本文中でも書きましたが、そうであるならば、女系容認論者であることを理由に乙武氏だけが殊更非難されるのは理に適いません。感情的に気に入らないというだけで炎上させられては堪りません。感情は論理に乗せて理性的に主張すべきです。国民の過半数が女系容認であるなら、男系維持論者は国民の過半数をも敵と看做すのでしょうか。乙武氏のblogを炎上させたように。そのような考えの下に皇位継承者が決定されたとしても、国民を統合する役割は果たせません。国民の多くが統合の象徴として受容できるものでなければ、権威は地に落ちます。そのような事態は、皇室の存続に関わります。

 例えば、先ず、乙武氏に対して『貴方は皇室に男女平等思想を持ち込むために「皇室典範に関する有識者会議」の結論を法案化したものを推し進めようとしているのか』と問い質します。その質問に対して、彼が男女同権を根拠に女系天皇容認に賛成していることを認めれば、次に「貴方にとって伝統とは何か」「貴方は天皇の何に国民統合の象徴性を見出すのか」を問います。

 皇室への男女同権を認めるならば、その他の一般国民との違い、各種の人権も認めるべきで、論理的に行き着くところは一般国民と天皇の平等・同権であり、そうであるならば最初から天皇制廃止を訴えるべきだ、とか。天皇陛下が人格的に立派だからという点だけで国民統合の象徴として権威を感じるというなら、例えば、世界的に権威あるノーベル化学賞を受賞しても腰の低い田中耕一氏も人格的に立派な人です、とか。皇室廃止論者ではない限り、対話可能だと思います。

 伝統には非論理的なものもあります。権威(Authority)は、それを重要と思う者の存在によって成り立ちます。その辺りから対話を始めて、系譜を最も古くまで辿れることの意義や国民統合の役割などを伝えてみれば良かったのではないでしょうか。乙武氏は、過去の記事などから見る限り、少なくとも最初から保革のどちらかの立場で思考するタイプの人ではなさそうです。今回の一件は残念でした。

(2005年08月22日)「つくる会」の教科書
http://sports.cocolog-nifty.com/ototake/2005/08/post_214d.html
(2005年08月26日) 反対派の論点
http://sports.cocolog-nifty.com/ototake/2005/08/post_ef1f.html
(2005年08月31日)複眼的な視点
http://sports.cocolog-nifty.com/ototake/2005/08/post_6a7b.html
(2005年09月06日)複眼的な視点A
http://sports.cocolog-nifty.com/ototake/2005/09/post_fcee.html
Posted by sok at 2006年09月12日 12:17
レス有難うございます。

まあ確かに、炎上させたことによって対話のきっかけを捨ててしまうのは
残念ですね。
でも、乙武氏のあの筆致では炎上も致し方ないかな、というのが私の率直な
感想です。勿論、ひどい暴言などは忌むべきことですが。
Posted by あぽ at 2006年09月12日 17:47
 あぽさん、コメントありがとうございます。

 乙武氏の筆致に過失があったというなら、炎上させた側の誤読の過失と相殺されるべきではないでしょうか。謝罪文が公開されて悠仁親王殿下御誕生を慶事と捉えていることが明らかになった後は、それが本心であるか否かは本人にしか分からない以上、そこで炎上現象は緩やかに収束に向かってもよさそうですが、実際には謝罪文の方が炎上としては激しいです。現時点で、問題の日記はコメント数1585(TB数は82)、謝罪文の方はコメント数3902(TB数は137)です。

 これでは、炎上させた側は一体何を要求しているのか理解に苦しみます。Blog閉鎖に追い込みたかったのか、論理ではなく暴言とコメント数で乙武氏の考えを男系維持論に変えさせたかったのか、ただ単に差別的な表現を使いたかったのか。仮に、あのコメントがブロガー集団によって繰り返し為されたものであれば、その差別的な表現を用いた人達のblogも炎上しているでしょう。その点、コメンターは匿名性と多数であることにより個々の責任を問われません。双方の過失が均衡しているとは思えません。過失を相殺して、なお超過する部分については、積極的に批判すべきではないでしょうか。

 今回の件は、これまでのblog炎上や祭り、例えば、違法行為・反社会的行為を自慢したり、自社製品を顧客になりすまして奨励したり、或いは「きっこの日記」のように親王殿下御誕生をあからさまに誹謗するような内容とは異なります。今回の件で「炎上も致し方ない」と結論付ける前に、貴方なりに双方の過失を具体的に比較してみたでしょうか。コメントの実名化を主張するつもりはありませんが、ああいう炎上の仕方を許容するなら、今後、実名化論が優勢になっても、それこそ「致し方ない」かもしれません。「致し方ない」で片付けられるのは、せいぜい炎上初期のコメントまでだと思います。
Posted by sok at 2006年09月13日 23:35
いやいや、「多少感情的な批判が集まってしまうのもしょうがない」
程度の意味ですよ。

度が過ぎる暴言は批判どころか検挙されるべきだと思います。侮辱罪や
名誉毀損罪は親告罪なのでご本人次第になってしまいますが。
Posted by あぽ at 2006年09月14日 13:32
 あぽさん、コメントありがとうございます。

 合意が得られたようで良かったです。個人的には、今回の件は天皇(国民統合の象徴)に関する話題だったので、行政や司法に頼らずに解決・収束するのが理想だと思います。乙武氏の今回および過去の対応を見ていると、その点は配慮するのではないかという気がしました。気のせいかもしれませんが。

 数日に亘り、こちらの長文におつきあい頂き、ありがとうございました。
Posted by sok at 2006年09月15日 01:41
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