2006年09月05日

拉致映画製作実行委員会の案内

 先日、イザ!ブログ「青一刻の山本さんから、須藤久監督が製作中の日本人拉致問題を扱った映画に関するトラックバックを頂きました。この映画に関しては、先日の日記では追記形式で少ししか触れていなかったのですが、青一刻さんの記事コメント欄に「これを見た方がご自分のブログ等に転載されるのもオーケーです。」とありましたので、取り上げさせて頂きます。

09月06日追記

 ダイヤルQ2でのカンパおよび『映画情報3分間コラム』については、9月末で中止することになったそうです。詳しい経緯については、コメント欄の山本さんの文章と拉致映画製作実行委員会のトップページ記載の内容、下記リンク先を御覧下さい。

(2006年09月06日)イザ!ブログ 青一刻:ダイヤルQ2での「カンパ」中止のお知らせ

 引き続き、ダイヤルQ2以外でのカンパにご協力お願い致します。

拉致映画製作実行委員会:支援カンパのお願い

拉致映画製作実行委員会:特典購入カンパのお願い


(2006年09月02日)イザ!ブログ 青一刻:拉致映画の基本構成-
拉致映画製作実行委員会:映画の基本構成


拉致映画の基本構成

【主たるスタッフ】

構成・脚本:須藤久、荒木和博(特定失踪者問題調査会代表)、小池要之助
監 督:須藤 久


【映画製作における基本姿勢】

1.手 法
この映画は、あくまで劇映画であり、ドキュメンタリー映画ではない。

2.主 題
この映画の主題は、拉致問題を民族の「受難」として受け止める。

3.主 役
したがって、映画の主役は、政府公認の16名とその家族だけではなく、政府未公認の特定失踪者480名余人とその家族を含む「群像」とする。

4.目 的
(1)この映画の目的は、拉致された同胞を如何に救出するかということである。
もはや拉致問題は、第一次啓蒙運動の時期は過ぎたと考える。

(2)さらに重要な目的は、この「民族の受難」をどうしても明らかにしたくない「闇の権力」が我が日本に隠然として存在していることを描ききることである。

(3)そして最後に、さらに決定的に重要な目的は、「人間とは何か」を問うことである。
拉致された日本人がいることを我々は知っている。知っていながら、我々は行動することがイヤなので、“対話で”“対話で”と叫ぶクセがある。これは、もはや「政治」などではない、「人間」の問題である。人間とは、果たしてどんな生き物なのか?
我々は誰に問うのでもなく、我々自身に深く問い続けなければならない。

拉致映画製作実行委員会
http://kouzanji.s220.xrea.com/


 劇映画、群像劇として描くと、どういう風になるのでしょう?日本人拉致事件をドキュメンタリー映画として撮ったものは、既に『Abduction』があるわけですから、棲み分けがなされている方が、観る者に拉致問題の異なる様相を提示することになるだろうと思います。個人的には、『政府未公認の特定失踪者480名余人とその家族を含む』という部分に注目しています。

 クリス・シェルダン、パティ・キム監督夫妻の映画『Abduction』が、仮に人権という面に特に訴えかけるものであれば(未見なので実際がどうなのか分かりませんが)、須藤久監督の群像劇映画が「国民性」「民族性」に訴えかけるというのは、良好な分担関係になると思います。結果として撮影手法の面のみならず、目的面での役割分担も果たせているなら、心強いことです。支援方法もダイヤルQ2だけでなく、口座振込が可能になり、さらに特典購入カンパというものもあるようで、支援方法は少額から高額まで揃っています。会計報告のページも用意されています。映画情報3分間コラムにも期待しています(ダイヤルQ2での支援は9月末までだそうです)。当blogは須藤久監督の映画制作を応援します。


【10月05日追記】

 映画『Abduction』の公式サイトと上映スケジュールが下記リンク先にて確認できます。

映画 『めぐみ−引き裂かれた家族の30年』 公式サイト
(2006年10月05日)Blue jewel:『めぐみ−引き裂かれた家族の30年』上映スケジュール
posted by sok at 23:59| Comment(5) | TrackBack(0) | 拉致事件関連案内 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
イザ!ブログ「青一刻」および「拉致映画製作実行委員会」のネットを担当している山本です。バナーを貼っていただいた上、大きく取り上げてくださりありがとうございます。おかげさまでこちらのブログ経由で多くの方に訪問していただいています。

ダイヤルQ2に関しては、NTT「倫理審査委員会」から度々クレームがつき、監督の語りたいことが語れない状況であることから、9月いっぱいで中止させていただくことになりました。クレームの趣旨は「内容が一方的過ぎる」というものです。NTTに従っていると、拉致を語るのに、あっちに配慮、こっちに配慮しなくてはならない、ということになってしまいます。以下はダイヤルQ2としては最後になる「映画情報コラム:ミュンヘン」の中の一説です。監督の決意表明でもあります。
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私は今、拉致をテーマとする映画を撮りたいと思っています。先日、島根県の田舎のまた田舎に住む82歳になる益田シゲ子さんというおばあちゃんと会ってきました。1975年に20歳になる娘を拉致され、それから31年、夫もすでに亡くなり、今では全く一人きりで雪深い冬の日も、35度もある猛暑の夏の日も、ひたすら仏壇に2人分の陰膳を供えて、おじいちゃんと会話して、夜床に入って涙を流す、来る日も来る日も涙を流す。
私は、この年老いた母に、断固「一方的」に寄り添います。百万人が敵となろうとも、私は、このおばあちゃんの涙に「一方的」に寄り添う映画を撮ろうと思います。
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長くなってしまいました。申し訳ありません。これからもよろしくお願いいたします。
Posted by 山本 at 2006年09月06日 13:50
す、すみません。
投稿がダブルになってしまいました。
削除して下さい (m_m)
Posted by 山本 at 2006年09月06日 13:53
 山本さん、コメントありがとうございます。

 詳しい事情は分かりませんが、拉致問題を扱うこと、「拉致」という表現を用いることの何が「倫理」に反するのか、理解に苦しみます。ダイヤルQ2設置申請の段階からNTTが消極的だったという点が引っ掛かりますが、9月末中止と決まった今となっては、あれこれ考えてみたところで詮無いことかもしれません。本文中で、他の支援方法のページにリンクさせて頂きます。

 拉致被害者に関しては9.17以降注目されるようになりましたが、それでも何か動きがあった時くらいのものです。まして、特定失踪者家族の方々の憔悴に世間の関心が向かうかといえば、現状では中々難しいです。須藤監督の映画によって、この方々の問題に、救出活動に、世間の関心が向くことを望みます。これからも当blogに出来ることで協力させて頂きます。
Posted by sok at 2006年09月06日 22:55
sok様

ご無沙汰しています。
拉致映画への協力を求めるためのバナーを掲示していただきありがとうございました。

なんとかして日本人の手によって拉致映画を製作したいと思って参りましたが、発起人である須藤監督が昨年末から大病を患い、幸いにもこの4月に退院されましたが、映画撮影に取りかかれる状態ではなく、無念ですが、正式に断念するに至りました。本日、その旨、ホームページに掲載いたしました。皆様からいただいたカンパは全額、特定失踪者問題調査会のカンパ口座に振り替えさせていただきました。貴サイトに掲示していただいていたバナーも、ご面倒をおかけしますが、取り外していただけますようお願いいたします。これまでのご協力に感謝するとともに、ご期待に応えられなかったことをお詫びいたします。

今回、映画製作に関しては断念いたしましたが、私たちはそれぞれがそれぞれの立場でこれからも拉致問題解決を願って活動してまいりますことで、今回ご迷惑をおかけしたことをお許しいただければ幸いです。

ご面倒をおかけしますが、バナーの件、よろしくお願いいたします。
Posted by 山本 at 2007年04月21日 11:26
 山本様、コメントありがとうございます。

 先ず、須藤久監督の体調がより良くなることを願っております。

 バナーについては、21日の夜に外しておきましたが、返事が遅れてしまいました。申し訳ありません。この2006年9月5日のエントリー以降、当blogでは「拉致映画製作実行委員会」の活動について、一切アナウンスしていませんでした。今、思えば、これは私の怠惰でした。バナーを貼っていただけで、一日本人として日本人監督による拉致問題映画の実現に向けて、何もしていなかったのではないか。ことは須藤監督の体調だけの問題なのか。

 これは先日の渡辺秀子さん失踪事件報道に関しても思うところで、山本様の『電脳補完録』、あおいのママさんのblogなど、調べればネット上には幾らでも情報がありました。けれど、「初報だけでは全体像が掴めなかった」と、続報を待ってしまいました。今月4日の報道の時点でも、それまでの蓄積と継続的な関心があれば何事かを書けたと、今なら思います。まだネット環境が整備されていなかった1980年の世論ならともかく、ブロードバンドという言葉に目新しさも感じない時代に生きていて、この怠惰。各新聞社報道やRSSに登録した拉致問題関連のblogを、私はただ漫然と閲覧していたのだな、と。あの2002年9月17日の衝撃は今でも記憶していると思っていたのに、こうも風化していたのか、と。

 勿論、一人一人の国民に過重な負担を強いる運動は、国民運動になり得ないのかもしれませんから、こういった自責の念を誰かに共有してもらおうというつもりはないのですが(というような、そんな偉そうな立場にはないので当たり前ですが)、これまで国民・政治家・メディアが拉致問題に目を向けてこなかった一因を自分の中に見出したような、何というか、上手く表現できませんが、そのようなことを、この二日間、漠然とながら考えていました。

 取り留めのない返事になってしまい、申し訳ありません。
Posted by sok at 2007年04月23日 01:39
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