2006年07月03日

「遺骨」鑑定論争再燃について

 一昨日あたりからネット上で「遺骨」論争が再燃している。この件については、6月28日の日記でも少し触れたが、日本政府の断定は軽率だったと思う。だが、不可解な転職を疑うのであれば、一年前に収束した話題がこの時期に再び注目されたことについても「誰が」という視点から疑って欲しいものだが、そういうことにはならないのだろう。こうも北朝鮮の思惑通りに「遺骨」論争が再燃するのか、と感慨深い。保守派の方ばかり気になっていたが、ネット世論がこうも移ろい易いのであれば、むしろ、そちらの方が問題か。どうしても横田めぐみさんを死んだことにしたい人達がいるのか。


ニセ遺骨・遺骨鑑定捏造論争について

(2004年11月15日)第3回日朝実務者協議終了、横田めぐみさんの「遺骨」が返される。
(2004年12月08日)帝京大学医学部法医学研究室、「遺骨」は横田さんとは別人のものと発表。
(2005年01月08日)週刊オブイェクト:説明責任を果たすべき国会議員「すとう信彦」
(2005年01月24日)北朝鮮、日本政府の「鑑定ねつ造」と回答。
(2005年02月02日)Nature:DNA is burning issue as Japan and Korea clash over kidnaps

(2005年03月13日)あるコリア系日本人の徒然草:北朝鮮の提出した遺骨鑑定の真偽
(2005年03月13日)日々徒然:遺骨問題
(2005年03月21日)木走日記:少女の運命は立証されたのか
(2005年03月22日)木走日記:少女の運命は立証されたのか(2)
(2005年03月26日)日々徒然:続・遺骨問題

(2005年03月30日)第162回国会 外務委員会 第4号:民主党・首藤信彦議員
(2005年04月12日)横田めぐみ「遺骨」鑑定人の科捜研法医科長栄転は論功行賞か(05

(2005年05月09日)電脳補完録ー別館 – BLOG:「にせ遺骨」政府叩きの格好の材料と小躍りする人々
(2005年05月10日)電脳補完録ー別館 – BLOG:野田さんが応援する首藤信彦議員とは・・・
(2005年05月21日)電脳補完録ー別館 – BLOG:的は「にせ遺骨」一本


 こういう流れで日本政府の断定は軽率だったけれど、かといって、それが横田めぐみさんの遺骨であるという証明にはなっていないということで、論争は終結したと思っていた。今回、論争が再燃しようとしているのは、吉井富夫氏が「帝京大の講師から、科学捜査研究所(科捜研)の法医科長」へ就任したという記事への注目がある。この記事を知らなかった人達(要するに拉致問題に対して時事問題としての話題性以上には関心がない人達)の間で、政府による隠蔽工作ではないかという方へと話が向かっている。「5号館のつぶやき」という方の元記事から、はてなブックマーク(現時点で143個)を経て他のブロガーに広がりつつある。

(2005年05月26日)5号館のつぶやき:政治に翻弄される科学者(横田めぐみさん遺骨事件)

(2006年07月01日)はてなブックマーク:5号館のつぶやき
(2006年07月02日)趣味のWebデザイン:横田めぐみさん遺骨は偽物と「断定」されたのか
(2006年07月03日)月も見えない夜に。:重大な見落とし---横田めぐみさんの遺骨を巡って

 元々、拉致問題・核開発問題・ミサイル問題・麻薬密輸、偽札作りなどで信用のない独裁国家の北朝鮮であれば、少々の嘘では今さら驚かないけれど、多様な考え方が存在する日本においては、論拠の弱い(または不明確な)事柄に基づいて経済制裁を発動すれば、被害者救済が目的なのか経済制裁自体が目的なのかが問われるのは仕方ない。適正手続の観点からは日本により高度な要求が強いられるだろう。初めから日本や被害者家族に不利な戦いなのである。

 そして、日本政府の断定に手落ちはあった。だからこそ、政府は経済制裁を行えなかったのだろう。けれど、経済制裁論が高まっているのは、家族会が怒っているのは、何も「遺骨」の件だけではない。これまでの北朝鮮の不誠実な態度による。カルテの改竄はどうか、死亡時期のズレはどうか、なぜ二度焼きするのか、なぜ他人の骨と混ざるのか。合理的な説明があっただろうか。

 そして、本日、当の金英男さんから(ということは北朝鮮の代弁なのだけれど)「火葬の設備が十分整っていないため、途中で異常が起きて他人の遺骨が混じった可能性もある」との話が出てきた。これは可能性を話しているに過ぎない。けれど、これまでの北朝鮮側の説明では、可能性にさえ言及していない。一体、「ボートに隠れている内に遭難して北朝鮮に救助された」金英男さんと英雄主義者・盲動主義者に拉致された横田めぐみさんという、北朝鮮出身でない二人の家の庭で、どうして他人の骨が混ざるのか。

(2006年07月03日)NHKニュース:“他人の遺骨 混在の可能性
(2006年07月03日)電脳補完録さんのミラー:“他人の遺骨 混在の可能性
キム・ヨンナムさんと28年ぶりに北朝鮮のクムガン山で再会した姉のキム・ヨンジャさんは2日、韓国南西部のチョンジュでNHKのインタビューに応じ、横田めぐみさんのことなど、ヨンナムさんと交わした会話の内容を明らかにしました。それによりますと、ヨンナムさんは横田めぐみさんについて、「別の病院からピョンヤン市内の病院に移り、病状が改善したと聞いて安心していたら、その数日後に自殺したという連絡を受けた」と話していたということです。そして、2年前にめぐみさんのものとして日本側に手渡した遺骨について、ヨンナムさんは「火葬の設備が十分整っていないため、途中で異常が起きて他人の遺骨が混じった可能性もある」と話していたということです。この遺骨については、日本側のDNA鑑定で別人だと判明していますが、北朝鮮側はめぐみさんのものだと一貫して主張しており、別人の遺骨の可能性について言及したのは初めてです。また、4年前にめぐみさんの夫が横田さん夫妻にあてて書いたとされる手紙について、ヨンナムさんは「自分が話したことを別人が書き取ったものだ」として、代筆だったことを初めて認めました。そして、手紙の中でめぐみさんの死亡日時が1993年と書かれていたことについては、「人の生年月日をまちがえることもよくある。自分がまちがっていた」と述べて、不注意によるミスだと認めたということです。一方、ヨンナムさんの現在の妻パク・チュナさんについて、ヨンナムさんは「娘のヘギョンを小さいころから面倒を見ていた人だ」と紹介したということです。これらの説明について、横田めぐみさんの母親の早紀江さんは「うそを重ねる北朝鮮のやり方をずっと見てきているので、何を言われてもまったく信用できないし、ヨンナムさん自身も北朝鮮の監視下で本当のことを話せるわけがありません。私たちは引き続き、めぐみをはじめ拉致被害者全員の救出を求めていくので、問題解決に向けて、日本の政府にもっと動いてもらいたいという気持でいっぱいです」と話しています。


 こういう事情を考えると、北朝鮮側がこれまでの無理な説明との整合性を保つために主張を変化させつつある頃に、北朝鮮に有利な情報を煽る人、乗る人がいるということもまた興味深い。「5号館のつぶやき」さんの拉致問題に対する姿勢は、最新記事を読む限り拉致事件報道を「食傷」と言い横田早紀江さん達のことを軍事指導者と呼ぶ人とは違い、被害者に同情的ではある。しかし、一方ではこういうことも書いている。

(2006年07月02日)5号館のつぶやき:日曜だというのに津波アクセス
 北朝鮮や金英男さんの言うことに嘘が多いということは誰でもが感じることだと思いますが、それまで日本政府や韓国政府がDNA鑑定によって、金英男さんが横田めぐみさんの夫である可能性が高いと発表していたその本人が、韓国の親族と再会した上での記者会見ですから、その言葉の中に一片の真実はあるだろうと期待するのが普通ではないでしょうか。

 そういう意味では、多くの日本人の受け止め方がかなり揺らいできているような気もします。

 私も、もはやめぐみさんが亡くなっている可能性が高いと思っている一人です。もちろん、その考えが否定されてめぐみさんが生きて帰ってこられるならばそんなに嬉しいことはありませんが、希望的観測だけで「あの国」と交渉をしても得るものは少なさそうです。


 こういう姿勢に追随する人達は、日本国民が横田めぐみさんの死を規定路線として生存を諦めたとき、そう北朝鮮政府が認識したとき、英雄主義・盲動主義の軍人のせいにして殺害し、今度は本物の「遺骨」として返される可能性は考慮しないのだろうか。以前にも書いたが、金正日は拉致の事実を認め、英雄主義者・盲動主義者の仕業としたが、では、拉致の実行犯とされる辛光洙は裁かれたのか。生存を前提にして救出活動をしないということが、一体どういう結末を迎えることになるかということに思いを巡らせて欲しい。北朝鮮という独裁国家と対峙しているということを今一度確認して欲しい。


【追記:2006年07月07日】
 「遺骨」鑑定論争について、改めて所見を書きました。また、この記事中の年表についても更新しました。この論争が殆ど拉致問題に興味のない人間によって繰り返されている点に、憤りを通り越して呆れるばかりです。
(2006年07月06日)sokの日記:「食傷」と「価値中立的な私」

【追記:2006年07月20日】
 49号予防院と火葬場にも疑義が示されている。Nature誌に従って科学的中立性を重視する方々は、是非ともこの不可思議な現象にも科学のメスを入れてもらいたい。

(2006年07月19日)読売:北「めぐみさん97年に火葬」、火葬場建設は99年
 【ソウル=中村勇一郎】横田めぐみさんの遺体を1997年に火葬したとして、北朝鮮が今月5日、訪朝した日本人記者団に公開した平壌市内の火葬場について、複数の北朝鮮脱出住民(脱北者)が「実際には99年に建設された」と証言していることがわかった。

 17日発売の韓国の月刊誌「月刊朝鮮」8月号が報じた。

 めぐみさんの夫とされる韓国人拉致被害者、金英男(キム・ヨンナム)さん(44)は6日、日本人記者団を対象とした平壌での記者会見で、「めぐみさんは94年4月に死亡し、97年春ごろに火葬した」と説明。

 これに対し、韓国在住の複数の脱北者が同誌に「火葬場があったオボンサンには、飢餓による死者の遺体が多数土葬されていたため、金正日(キム・ジョンイル)総書記が99年に建設を指示した」と語った。

 めぐみさんが自殺したとされる医療施設「49号予防院」も、「金英男さんのような特殊機関に勤める人物の家族が利用する病院ではない」と指摘している。

         ◇

 この報道について、めぐみさんの母親、早紀江さん(70)は「北朝鮮の情報はねつ造されたものなので、一つ一つのことに動揺しません」と話した。

(2006年7月18日13時52分 読売新聞)


【08月20日追記】
 Wikipedia「北朝鮮による日本人拉致問題」の項目にも「遺骨」鑑定についての記述あり。私の視点のみでは「遺骨」鑑定を巡る議論の理解に偏りが出るであろうから、下記の内容も含めて各人で判断して欲しい。

遺骨問題の真偽

DNA鑑定の依頼を受けた帝京大学の鑑定により、日本政府は「遺骨」とされた骨は別人のものと判断した。ただしこの結論に対してはいくつかの疑問がしめされている。鑑定では本人のDNAが検出されなかったということだけであって、これをもって別人だと断定できるのかという声があがった(同時に鑑定を行なった科学警察研究所では「判定不能」)。特にネイチャーで指摘されたことで問題が表面化した。

まず「遺骨は火葬されたものであり、DNAは残っていないはず」というものである。DNAは熱に弱いために、火葬された遺骨からDNAが検出される事自体がおかしいのではという指摘がある。これに対して日本政府は、火葬した骨の一部が熱に十分さらされなかったためDNAが残存していたと説明した。
またコンタミネーション(試料汚染)の可能性も懸念される。帝京大学が行なったDNA鑑定はネスティッドPCRという方式をとっているが、この方式は非常に敏感であり、コンタミに由来しない論拠を示す事が非常に重要である。

しかし、日本政府はこれらに対し、科学的知見からの反論を未だに行なっていない。遺骨は鑑定のために使い果たし、再試は困難であるとされている。別人判定を下した帝京大学の教授はその後、警視庁科学捜査研究所の法医科長となり、コメントを一切していない。

一方、元々朝鮮半島には火葬の習慣はなく、火葬されていること自体が北朝鮮の捏造を裏付けるものである、とする主張もある。前述の通り火葬に際して使用された温度は低く、日本のように専用の施設を用いたものではなく、開放された空間で行われた、いわゆる「野焼き」に近いものだと日本国内では推定されているが、北朝鮮政府は専用の施設を使って火葬したと説明している。
posted by sok at 18:03| Comment(7) | TrackBack(0) | 日本人拉致事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
sokさんへ

新しいエントリーが立ちましたので、こちらにコメントさせて頂きます。

今回の金英男さん一家の再会劇に関して、一部保守派の底の浅さ加減には正直幻滅しました。
拉致問題についての関心が本物であれば、今回の再会劇が茶番であって英男さんをはじめとする家族の方々が本当の事を口にできない事くらい、常識中の常識なのです。
怒りをぶつけるべきは北朝鮮であり、悪事の張本人は金正日なのです。
その基本さえ分かっていれば、英男さんたちの発する言葉にいちいち過敏に反応する事は無意味であり、北の思惑に乗る事でしか無いのに、その基本すらいまだに分からない人たちがいることにうんざりしています。
そして、英男さんだけでなく多くの日本人を含む拉致被害者をあのような状況に追い詰めて来たのは、長年この問題を放置してきた私たち日本人の側にも道義的責任があるのではありませんか?
自分達のこれまでの不作為を棚に上げて、よくもまぁ英男さんたちの事をあそこまで罵れるものだ、というのも私の率直な思いですね。

結局の所、彼らのような“保守派もどき”にとっての拉致問題は、数ある憂国ネタのひとつに過ぎ無いのだろうか?というのが率直な感想です。
9.17以後、確かに多くの日本人が自虐史観の呪縛から放たれ、愛国心に目覚めたのは良い事だとは思うのです。
けれど一部の“保守派もどき”の『愛国心』の向こう側には嫌韓感情が見え隠れします。
日韓の過去の歴史を知り、南北朝鮮の真実の姿を知るための『嫌韓』ならば、それも意味のある事だと私は思っています。
しかし己の愛国心を満足させたいがための手段としての『嫌韓』にはホトホト愛想が尽きる。
嫌韓によって立つ『愛国心』を振りかざし、金英男さん家族の有り様を悪し様に言うその口ぶりをみるにつけ、これでは韓国が何かと言えば反日反日と騒ぎ立てるのと同じではないか?
これでは韓国の行きすぎたナショナリズムを笑えない、と思うのです。

遺骨のDNA鑑定についてですが、先日都内で映画「アブダクション」の上映会がありました。
この映画のラストシーンで遺骨の鑑定の真偽に疑問があるかのような字幕が出るのですが、この点については横田滋さんが上映後の質疑応答で、日本政府は正式にイギリスのネイチャーに抗議をしている事を明らかにした上で、こういうあやふやな表現がついたままこの映画が一般上映されれば、遺骨の鑑定について世間から大きな誤解を招きかねないので直して欲しい、と監督に対し要望をしていた事をお知らせいたします。

↓この件について詳しくはこちらの救う会ニュースをご参照ください。
★☆救う会全国協議会ニュース★☆(2006.06.28-2)
http://www.sukuukai.jp/houkoku/log/200606/20060628-2.htm

それと鑑定云々の話と絡んで最近私が気になるのは、家族や心ある一部の国民が「めぐみさんの生存を信じている」という表現を使うことです。
sokさんご指摘のように、それでは家族と国民がめぐみさんの生存を信じなくなった時、北朝鮮は本物の遺骨を出して日本の世論を封殺してくる可能性も有ります。
北朝鮮が何を言おうと、鑑定の結果に例え懸念があろうと、めぐみさんの死亡を合理的に説明できない以上は、「生存を前提に救出活動をする」のが基本であるべきです。
日本の側がめぐみさんを含む拉致被害者の生存を諦めた時、彼らは全ての被害者を本物の遺骨にして日本に送り返し、「拉致問題はこれで全て解決した、さぁ国交正常化を!」と言い出しかねないのです。
北朝鮮とはそういう国だと言う事を、私たちはもっともっと自覚するべき。
そういう悲劇的な形での解決を日本国民は望むのか?
敵の策略にまんまと乗っかる事の危険性をもっと熟知して欲しいものですね。

全ての被害者を生きて救出する為には、北朝鮮が何を言おうと何をしようと、日本は政府も国民も一丸となり断固として「全ての拉致被害者の生存」を前提に行動をするべきだと、私は思っています。
Posted by ぴろん at 2006年07月04日 11:08
sokさんへ

遅ればせながらでありますが、貴Blogを拙Blogにリンクさせて頂いても宜しいでしょうか?
sokさんのご意向をお聞かせくださいませ。<(_ _)>
Posted by ぴろん at 2006年07月04日 11:18
 ぴろんさん、コメントありがとうございます。リンクの件ですが、宜しくお願い致します。当方、既に貴blogを無断でリンク集に加えていたので、「確認するべきだった」と今頃になって考えが至り、申し訳ないです。

 「遺骨」鑑定の件についての情報も、ありがとうございます。この件につきましては、日記で改めて書きますので、ここでは軽くだけ。映画の最後で、フォローが薄く誤解を与える形での字幕は困りますが、当時の政府(細田官房長官)の断定が軽率だったことも事実のようで、その点は第三国のカナダの人間であるクリス・シェリダンさんやパティ・キムさんの立場からは、そういう風になってしまったのだろうかと思います。第三国の人間から拉致問題を米国や世界に訴えるための中立性としては。それでも、横田滋さんの要望によって、日本政府からNature誌に抗議があった旨が添えられれば、要らぬ誤解を招きかずに済むと思います。


 拉致報道に関しては、日本のメディア6社が訪朝するなど、なお危うさはありますが、金英男さんの記者会見に関しては、メディアは冷静な対応をしていて、革新派の識者さえ「北朝鮮当局に言わされていて本心ではない」と指摘していたのが印象的でした。それだけに、ネット上での反応が保革ともに異様でした。保守派の嫌韓反中と、革新派の反小泉反安倍あるいは無関心と。

 今回の記者会見は、前後関係を7月3日付の朝鮮日報記事と併せて考えてみれば、金英男さん批判が誰を利するのか、その結果は何をもたらすのか、自ずと分かると思います。日本政府がDNA鑑定の結果、横田めぐみさんの夫は韓国人拉致被害者・金英男さんであると発表し、それを受けて韓国で拉致問題が表面化しました。そして、日韓の拉致被害者家族が相互に行き来して共闘体制が出来ました。そこに北朝鮮が韓国人拉致被害者家族に金英男さんに会わせてやると打診してきました。

1.日韓拉致被害者が共闘する。
2.金英男さん記者会見。微笑と「迷惑」発言。
3.ネット上で金英男さん批判発生。
4.保守派、日韓共闘は困難という認識へ。

(2006年07月03日)朝鮮日報:離散家族再会事業から消えた「将軍様」
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/07/03/20060703000017.html

 「将軍様」が引っ込んで、金英男さんの冷淡な態度が前面に出た記者会見を見て、日本の保守派の批判が金英男さんと御家族に向かい、韓国人拉致被害者家族への不信が高まって、日韓拉致被害者家族の共闘が困難になる。この流れが、一体、誰を利することになるのか。金英男さん批判をしている人達は、北朝鮮当局の思惑に易々と乗っています。それなのに、日本メディア6社の訪朝を批判している。この自省の無さには驚かされます。
Posted by sok at 2006年07月05日 12:45
 国民の不作為という道義的責任についてですが、これは一般論としてよく語られますね。でも、それは「親北派政治家に騙された」とか「戦後の自虐史観、自虐教育の結果だ」とか「だから謝罪外交は駄目だ」とか、そういう主張とセットです。確かに、これらの主張には一理ありますし、責任を追及すべき段階もあります。自虐的な、弱腰な外交を正す役割もあるでしょう。しかし、こういう論調ばかりとなると、具体的なレベルでは、国民が不作為の道義的責任について考える材料にはなりません。個々の政治家のせいにして、左翼論者のせいにして、外務官僚のせいにして、「騙された私」という立場からしか拉致問題を考えようとしない。だから、「売国奴」や「反日」というレッテル貼りを伴う事柄でしか盛り上がらないし、盛り上がれない。

 これでは、いつまで経っても左翼批判、反日批判、マイノリティー蔑視、嫌韓反中感情という状況から抜け出せません。左翼や半島のネタを肴に国家の行く末を憂えてみたり、戦前や大陸半島についての知識を披露してみたりしても、それで何か問題が解決するのですか、と。それどころか、愛国者や憂国者を自称する人達の自省の効かないレッテル貼りや誹謗中傷、差別言説は、自説の説得力を自ら貶めています。個人的に革新派に論破され自滅に向かうのなら、それもいいでしょう。しかし、憂国ネタの一つとして拉致問題を使われて、かつ、差別言説に終始されては、拉致問題自体が胡散臭いものだと思われかねません。

 最近は、日韓の歴史の良い面・悪い面を知ろうという当初の知韓的(あるいは冗談に転化するという笑韓的な)雰囲気とは異なり、根拠が薄くても侮蔑的表現を平気で使える人がいます。そういう書き込みは、彼らが侮蔑する反日朝鮮人・反日韓国人・反日活動家とベクトルが違うだけであり、品性においては殆ど変わりがないと思います。それは、彼らの尊敬する天皇陛下の御心や戦前の数ある美談のどれとも矛盾するものです。一方では戦前の軍人の高潔さについて書き込んでおいて、他方では口汚くレッテル貼りや誹謗中傷を書く。この矛盾に気付いて欲しいです。

 私が一部保守派の中の嫌韓反中的感情に危うさを感じるのは、彼らが他律的な思考に陥っているところです。相手がこう出るから、こう反応する。これでは思考に一貫性がなく、場当たり的な反応になってしまいます。国家観も人権観もありません。左翼が「人権」を声高に叫ぶから、人権そのものを胡散臭いものと看做してしまう。それで個々の国家政策や刑事政策を語ることに危うさを感じないのだろうか、と不安になります。最近、その傾向が一層強くなっているように感じます。

 象徴的だったのは、北朝鮮人権法案反対派と議論になったとき、「反日教育で洗脳された朝鮮人がやってくる」と反対していた人がいて、直後のコメントで「せめて受け入れるなら徴兵義務を課すべきだ」と書いていたこと。それに対して「貴方は、反日教育で洗脳されていると看做している人達に国防を任せるのですか」とツッコミを入れてみたら反論がありませんでした。明らかに矛盾している論理が、個別の嫌韓的発想では一貫しているからか、何の疑問もなく罷り通る。周囲もそういう矛盾に対してツッコミを入れない。こういうことが、拉致被害者の救出に関連する局面でやられては、さすがに我慢できません。
Posted by sok at 2006年07月05日 13:23
 自己レス。ちょっと脱力。

 よく見ていた保守系掲示板で、未だに金英男さんのことを「自称・夫」と呼ぶ人がいた。彼は日本政府が行ったDNA鑑定の結果を信用しないのか。こういう人には、もう何を言っても無駄だろう。何も見ようとしないし、聞こうともしない。ただ、韓国と北朝鮮を罵りたいだけ。それが愛国心なら、そんなものは要らない。
Posted by sok at 2006年07月05日 21:35
sokさんへ

まずはリンクのご承諾、ありがとうございます。

>ネット上での反応が保革ともに異様でした。保守派の嫌韓反中と、革新派の反小泉反安倍あるいは無関心と

今回の英男さんの再会劇に絡んで露呈した、一部保守派の底の浅さには辟易しております。
彼らは単純に憂国ネタを玩具にして遊びたいだけなのか?と思う事しきりなのです。
この傾向は今回の件に限りません。
昨年の西村眞悟氏の逮捕騒動などもその典型で、拉致問題に関心を持ち誰よりも熱心に支援しているはずの一部保守系支援者が西村逮捕劇に激高する余り、この逮捕に批判の声を上げない者は支援者の資格なし!と言わんばかりのレッテル貼りをして支援者の篩い分けをしようとするのですから。

西村氏が拉致に関して功績のある議員である事は誰もが認めることですが、だからと言って彼の犯した罪は罪。
ブルーリボン運動は免罪符ではないのだから、それはそれ、これはこれと支援者自ら分別をつけなければ、この支援活動その物が世間から胡散臭い目で見られてしまう。
この支援活動は拉致被害者を救う為の物なのか?それとも西村眞悟氏を応援する為の物なのか?
ひとたび頭に血が上ると、冷静にその区別がつけられなくなる一部保守派の存在には、正直頭が痛いです。

>「将軍様」が引っ込んで、金英男さんの冷淡な態度が前面に出た記者会見を見て、日本の保守派の批判が金英男さんと御家族に向かい、韓国人拉致被害者家族への不信が高まって、日韓拉致被害者家族の共闘が困難になる。この流れが、一体、誰を利することになるのか。金英男さん批判をしている人達は、北朝鮮当局の思惑に易々と乗っています。それなのに、日本メディア6社の訪朝を批判している。この自省の無さには驚かされます。

全く同意。
拉致被害者救出という大望を思ったらば、例え口先だけの嘘でも良いから、ポーズだけでも良いから、金英男さんを含む韓国人拉致被害者への同情の念を示したらどうなのか?とさえ思います。
本気で人の命を救いたいなら、例え泥水を飲んでも個人的な感情を押し殺しても、最良の取るべき道を選ぶ。
嫌いな韓国人とでも手を結ぶ。
それくらいの覚悟が無くて、どうして被害者を救えるのか?と思うんですが。

>国民の不作為という道義的責任についてですが、これは一般論としてよく語られますね。でも、それは「親北派政治家に騙された」とか「戦後の自虐史観、自虐教育の結果だ」とか「だから謝罪外交は駄目だ」とか、そういう主張とセットです。確かに、これらの主張には一理ありますし、責任を追及すべき段階もあります。自虐的な、弱腰な外交を正す役割もあるでしょう。しかし、こういう論調ばかりとなると、具体的なレベルでは、国民が不作為の道義的責任について考える材料にはなりません。個々の政治家のせいにして、左翼論者のせいにして、外務官僚のせいにして、「騙された私」という立場からしか拉致問題を考えようとしない。だから、「売国奴」や「反日」というレッテル貼りを伴う事柄でしか盛り上がらないし、盛り上がれない。

支援活動に関っていて、私が一番疑問に感じるのもこの点です。
「騙された私」という被害者的視点だけで物事を考えているから、仰るとおり左翼批判、反日批判、マイノリティー蔑視、嫌韓反中感情といった歪んだ視点でしか物を見られない人が多数いるのだと思います。
過去、自虐史観が横行していた時代は、日本人は常に日本の歴史の影の部分ばかりを背負って生きて来ました。
しかし今はその裏返しで、自分達の歴史の光の部分、つまり自分にとっての都合に良い部分しか見ようとしない人たちが多数表れているように感じます。
彼らがどんなに過去の日本の美徳に心酔し、目覚めたばかりの愛国心とやらを声高に叫ぼうとも、その拠り所が嫌韓・反中・反左翼といった『被害者感情の裏返しの優越感』だとしたら、そんな薄っぺらい叫び声には何の説得力も無い事をもう少し身を持って知るべきでは無いでしょうかね?

>左翼が「人権」を声高に叫ぶから、人権そのものを胡散臭いものと看做してしまう。

拉致問題解決のためには、国家主権と人権という二つの観点から物事を考えねばなりません。
けれど憂国ネタに忙しい一部の保守派の人たちは、どうもこの人権という視点が欠落しているように思えてなりません。
国家主権という観点を忘れて、過去人権ばかりを叫んできたサヨクたちとは逆の意味で、物事の捉え方に偏りがあるように感じます。
確かに「人権」という言葉には過去サヨクの手によって、おかしな手垢がついている側面はあります。
しかしサヨクが嫌いだから、サヨクの好む「人権」は要らない、という論理にはならないはずですよね?

どうしてこうも日本人には、極端から極端に振り切れる人が絶えないのか?
物事を思考するときのバランス感覚を失っている人たちが、何事かあるたびに暴言やレッテル貼りなどの不毛な波風を立てるのには心底うんざり致します。
いずれにせよ是々非々の視点を持って物事を見ることの出来ない人たちが、憂国ネタの一環として拉致問題に関わろうとするのだけはご勘弁願いたいものです。
拉致被害者救出運動には人の命が懸かっています。
ですからどうしても憂国ネタで遊びたいなら、他のネタ、例えば教科書問題とか憲法問題とか、直接に人命にかかわりの無いネタで遊んでくれないか?と正直思う事もあります。(涙)
Posted by ぴろん at 2006年07月05日 23:41
 ぴろんさん、コメントありがとうございます。西村眞悟議員逮捕に関しては思うところをまとめていたら長くなりましたので、後日改めて日記にします。その前に「遺骨」騒動についても、もう一度書いておきたいので、その後になるかもしれませんが。


>本気で人の命を救いたいなら、例え泥水を飲んでも個人的な感情を押し殺しても、最良の取るべき道を選ぶ。嫌いな韓国人とでも手を結ぶ。

 この問題は拉致問題解決が長期化すれば顕在化すると思います。生まれも育ちも北朝鮮のキム・ヘギョンさんが北朝鮮国民と結婚して子供を産んだならば、その子の国籍は日本か北朝鮮か。北朝鮮国民ということで諦めれば、横田めぐみさんを救出しても娘との関係を引き裂くことになります。それで解決と言えるのか。拉致された者とその子孫は国籍に拘らず救出するくらいの覚悟でなければ、問題の複雑化には対応できません。顕在化・複雑化してからでは解決が今以上に困難になるからこそ、早期救出が必要なのですが、どうもその辺りが伝わらない。


>「騙された私」

 これは私自身も通った道ですが、ここに留まってしまうと一昔二昔前の革新派と変わりません。2002年日韓共催W杯の時に、韓国絡みの報道で反メディア感情が生まれ、9.17でその感情は更に強くなり、そこに反北嫌韓反中感情と反日活動家嫌いも加わりました。けれど、拉致問題を知れば知るほど、その感情は越えなければ解決できないことに思い至りました。おそらく、拉致問題以外に優先順位の高い問題を抱える人でも、その問題を深く調べていけば、国家や人権という概念を他律的に捉えていては立ちゆかない場面に遭遇すると思います。


>自分にとっての都合に良い部分しか見ようとしない人たち

 これは本当に歴史修正主義と言われても仕方ないのではないか、と思うことがあります。そういうレッテル貼りはしたくないので控えていますが、ある掲示板で、義和団事件出兵時や日露戦争時の日本軍の士気と太平洋戦争時の日本軍の士気という時代的に同一には論じられないものを混同して、前者を理由に後者を擁護していた時には、見ていて唖然としました。それは保革を問わず論理的ではないだろう、と。


>『被害者感情の裏返しの優越感』

 彼らが嫌った反日活動家達のメンタリティーと、ベクトルが違うだけで同根だと思います。愛国者・憂国者を自認しているだけ、一層たちが悪い。今の保守派は本当に危ういです。親小泉派も反小泉派も陰謀論に易々と乗る様が革新派に似ているし、懐古趣味的で、平気で論理を置き去りにしています。


 『嫌韓流』の234〜239ページに大月隆寛という民俗学者の「自虐と嫌韓−嫌韓厨・考」というコラムがあります。その239ページ下段から一段落分引用します。『嫌韓流』は読むけれど、『嫌韓流』の中にある、こういう警句は見ようともしない。

<引用開始>
 だが、だからこそ見えにくくなっている別の現実、というのもある。いつまでも「嫌韓厨」にあぐらをかいたままでいるのなら、それはあの団塊の世代、いつまでも“若者”という自意識のまま、サヨクモードの身振りともの言いに固着して、うつろいゆく眼前の事実に眼を開こうとできずに年老いていったオヤジやオバサンたちと、やってることは全く変わらない。
<引用終了>


 拉致問題と同様に、一見すると被害者の立場に立っているように見えて実態はそうでもない事例があります。それは、最近、喧しい死刑積極論です。被害者遺族である本村洋さんでさえ、感情を抑えて理性的に訴えようとしているのに、支持者を称する人達が遺族以上に感情的になって、死刑を希望する。酷いものになると残虐刑を楽しそうに披露し合う人達もいる。愛国者・憂国者を自認する人達が、自己の所属する国家に犯罪者と残虐性を競わせたいのか、と頭が痛くなりました。本村さんは死刑を望むことが本当に正しいことなのか悩んで、米国の死刑囚に面会にまで行ったといいます。その苦悩から出した結論と、保守派の死刑積極論の軽さは正反対です。

 また、死刑積極論以外の被害者救済法については論じようとしない点も、拉致問題において核保有論や即時北爆論は唱えるが、帰国した被害者への支援については話が及ばない点と似ています。勿論、刑事事件でも拉致問題でも、被害者救済より加害者処罰の方が話し易いし、盛り上がり易いのは分かりますが、それでは結局、何か一段上の立場から、誰かに罰を与えたいだけではないか、と。絶対安全な立場から誰かを非難したいだけではないのか。非難はするが非難されたくはない、最近の度し難いblog炎上とも通じると思います。


>どうしても憂国ネタで遊びたいなら、他のネタ、例えば教科書問題とか憲法問題とか

 これについては、ぴろんさんの意見にほぼ同意するのですが、教科書問題はともかく、憲法改正論議に関しては、彼らが憲法学の基本書さえ読まずに憲法を語っていることを「日本国憲法の最高法規性について」で書きましたが、リンク先の保守系ブロガーや、そこからTBを辿って行った先の反小泉保守系ブロガーの場当たり的な思考、条文の一字一句に対する揚げ足取りを見ていると、同じ改憲派でも頭が痛くなります。人命に直接関わらないので拉致問題のような実害はないですが、国家の基本法である憲法に対して他律的にしか思考できないために、現実問題としての拉致問題についても他律的発想でしか語れないのか感じます。
Posted by sok at 2006年07月06日 14:48
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