(2006年06月18日)しゃも(鶏)が「勝手に解説するぜ!オイコラ聞けよ!」:「ここがヘンだよ 日本国憲法 その13」
日本国憲法は全部で103条から構成されていますが、その中でも重要な条文の一つに第97条(実質的最高法規性)があります。これは基本的人権の永久不可侵性を確認したもので、主張としては第11条の繰り返しです。
第97条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。
第11条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。
この第11条は、人権について定めた第3章にあります。人権の永久不可侵性について定めた第11条とほぼ同じ内容を、最高法規についての第10章の冒頭で繰り返している点から、日本国憲法が何に最高の価値を置いているのかが分かります。この第97条の内容を形式面から捉えたのが第98条(形式的最高法規性)です。
第98条第1項 この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
第98条第2項 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。
憲法に反する法律などの国家行為は無効であると書いています。両条文は実質面と形式面から、第3章に列挙されている各種の人権を支えるものです。それゆえか、憲法学の講義では条文番号通りにではなく、最高法規性を規定した両条文を早くから学ぶこともあるようです。
憲法という規範はなぜ必要なのか。教科書的な回答としては、国家権力の濫用を抑制して国民の権利・自由を保障する点にあります。国家権力が濫用されたときに抑制する術がなければ、個人の権利や自由というものが侵害されてしまうので、国家に出来ることと出来ないことを定めたものが憲法です。
憲法には抽象的な大枠の内容しか書いていないので、国家の行える具体的な内容は法律という下位の法規範に授権されます。憲法から法律に権能を授けるので「授権」、法律の側から見れば権能を受けるので「受権」と言います。憲法から授権された権力濫用ではない正当な国家行為は、こうして国民の権利や自由を制限する規範となります。
とはいえ、国家権力の濫用を抑制するための憲法ですから、権能を授けられた法律も何でも出来る訳ではありません。憲法には法律という国家作用を制限する機能があり、その実効性を定めているのが最高法規性についての第10章です。最高法規性に関する両条文を「意味がない」と言ってしまうと、憲法の存在自体を否定することになります。違憲立法審査権の根拠も失います。
法律が憲法の内容と合わないと考える人は違憲確認訴訟を起こして解釈変更を求めることになりますが、裁判所で違憲判断が出れば、その法律は無効となります。これは憲法の最高法規性に拠ります。法律との齟齬を理由に憲法を変えるのでは、憲法と法律の関係が逆転してしまいます。
ただ、勿論、憲法自体が永久不可侵でないことは、憲法改正についての第96条の存在からも明らかです。憲法は改正を予定しています。解釈だけでは時代・情勢に合わなくなれば、憲法が授権した法律(国民投票法)の手続に従って改正が行われます。リンク先でしゃもさんが指摘されている4つの事例については、その矛盾を放置して権力の濫用が生じれば、取り返しのつかないことになるものもあります。だからこそ改憲の論議が起こります。
第99条(憲法尊重擁護義務)については、国民が含まれていないことに意義があります。書いていないことに意味があるというのは、不思議な感じがしますが、これは憲法が国家の権力濫用を縛るものであり、国民を縛るものではないからです。
第99条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。
なお、日本国憲法には第12条、第26条2項、第27条1項、第30条といった国民に義務を課す条文も確かに存在します。ただ、第12条や第27条は訓示的規定です。第26条や第30条にしても、実際に国民の権利を制限し義務を課すのは、憲法から授権されて具体化した法律によってです。これらの義務を国民が果たしていないからといって、憲法違反にはなりません。
第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
第26条第2項 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。
第27条第1項 すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。
第30条 国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。
一見、繰り返しや無意味に思える第10章にも、それなりの意味があることを確認した上で、改憲・護憲を考えると、思考に広がりが生まれると思います。
憲法に限らず、各種の法律についても言えますが、他の条文や章節との関係の中で考えることが、法の理解においては重要です。個々の条文の言葉も、判例の積み重ねによって、定義や運用範囲が定まっています。それを無視して、個々の条文だけを取り出して反発しても、憲法や法律への理解は深まりません。改憲にせよ、護憲にせよ、憲法について考える際は、一度は憲法学の基本書に目を通すことをオススメします。
憲法学の世界はリベラルな学者が多いですが、故・芦部信喜教授や佐藤幸治教授の著作は、保守派においても一読の価値があります。保守系の憲法学者として百地章教授もいますが、百地教授の著作には憲法全体を体系だって説明しているものが無かったように思います。
※参考:憲法比較サイト
日本国憲法と大日本帝国憲法との主要な比較
現行憲法および自民党改憲案比較表
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